シネコラム

第636回 春に散る

飯島一次の『映画に溺れて』

第636回 春に散る

令和五年九月(2023)
立川 TOHOシネマズ立川立飛

 

 私は昔からスポーツにはほとんど興味がない。運動のできない子供だったので、自分で参加することはなく、他人がやっているのも見ない。オリンピックはもとより、TVのスポーツ中継も見たことがなく、だれもが知っている有名な野球選手の名前を知らず、馬鹿にされたこともある。そんな私だが、スポーツを題材にした映画は好きなのだ。野球映画、サッカー映画、アメフト映画、相撲映画、好きなスポーツ映画はたくさんあるが、『ロッキー』をはじめとするボクシング映画は面白い。俳優にボクサーとしてのリアリティがあれば、なおさらで、試合の場面に引き込まれ、圧倒される。
 居酒屋でひとりビールを飲んでいる初老の男。大声で騒ぐ若いチンピラ三人組をたしなめると、外でこいつらが絡んでくる。それをあっという間に叩きふせる。脇で見ていた若い男が挑んで殴りかかるが、ノックアウトされる。
 佐藤浩市ふんする初老の男は元ボクサーの広岡仁一。四十年前に勝ち進んでいたのに判定で負けて日本を脱け出し、長年アメリカでホテルマンとして暮らしていたが、久々に帰国した。ノックアウトされた横浜流星ふんする若い男は駆け出しボクサーの黒木翔吾。
 日本で落ち着くことを決めた広岡は、昔に通っていた真田ジムを訪ね、かつての仲間、佐瀬と藤原の消息を知り、再会する。広岡に心酔した黒木は、家を探し当て、教えを乞うが、広岡は簡単には承諾しない。佐瀬と藤原の勧めもあり、渋々テストすると、黒木には優れた素質と力量があることがわかる。
 過酷な練習に耐え、めきめきと力をつけた黒木にチャンスが訪れる。真田ジムの有望株大塚と対戦し、勝者がチャンピオン中西との決戦相手に選ばれるのだ。大塚との試合で黒木は僅差で勝つことができるが、目を傷める。強敵のチャンピオン相手では視力を失いかねない。広岡は諦めるよう説得する。目を治してからにしろ。おまえはまだ若い。
「今しか、ねえんだよ」黒木は試合に出場する。試合場面のなんという迫力。私は本物のスポーツは見ないのに、スポーツ映画では思わず手に汗を握ってしまう。

春に散る
2023
監督:瀬々敬久
出演:佐藤浩市、横浜流星、橋本環奈、坂東龍汰、松浦慎一郎、尚玄、奥野瑛太、坂井真紀、小澤征悦、片岡鶴太郎、哀川翔、窪田正孝、山口智子

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