シネコラム

第650回 ウォルト・ディズニーの約束

飯島一次の『映画に溺れて』

第650回 ウォルト・ディズニーの約束

平成二十六年四月(2014)
大阪 梅田 TOHOシネマズ梅田

 

 ディズニー映画『メリー・ポピンズ』はいかにして生まれたか。一九六一年、ロンドンに住む初老の作家P・L・トラヴァース夫人は重い腰をあげ、カリフォルニアに行くことにする。新作を書いておらず、収入が乏しくなり、出版エージェントにせっつかれて、二十年間断り続けていた『メリー・ポピンズ』の映画化の件で、ウォルト・ディズニーと話し合うことにしたのだ。ディズニーは大歓迎するが、不機嫌で気難しいトラヴァース夫人は契約に厳しい条件を出し、ウォルトとスタッフを困らせる。ディック・バン・ダイクが名優だなんてとんでもないわ。名優とはオリビエのことよ。
 自分の作品がディズニー映画になるのを有頂天に喜ぶのは凡人であろう。孤高の彼女は『メリー・ポピンズ』を愛するあまり、軽薄なミュージカルや漫画にしたくないと主張し、ビバリーヒルズホテルに滞在中、毎日ディズニースタジオに通い、脚本や音楽やセットデザインや衣装や配役についてチェックし、意見を通す。
 彼女の頭に浮かぶのはオーストラリアでの少女時代。父は銀行の支配人をしており、娘を愛し、空想的な物語を聞かせるが、酒に溺れて早く死んだのだ。『メリー・ポピンズ』に出てくる子供たちの父親である銀行家は、作者自身の父親と重なっている。
 スタッフの努力でようやく打ち解けたトラヴァース夫人をウォルト自らが案内するディズニーランド。夢の国で木馬に乗りながら、彼女は父と馬に乗った荒野を思い出す。
 トラヴァース夫人のエマ・トンプソンの貫禄、ディズニーのトム・ハンクスの洒脱さ、少女時代の不遇の父親コリン・ファレル、トラヴァース夫人と唯一心を通わせるリムジン運転手のポール・ジアマッティ、名優たちの名演技。そして見事に再現された一九六〇年代初頭のディズニーランドで遊ぶ人々。まさに夢のようであり、観終わった後、チムチムチェリーを口ずさんでいた。

ウォルト・ディズニーの約束/Saving Mr. Banks
2013 アメリカ/公開2014
監督:ジョン・リー・ハンコック
出演:エマ・トンプソン、トム・ハンクス、ポール・ジアマッティ、コリン・ファレル、ジェイソン・シュワルツマン、ブラッドリー・ウィットフォード、ルース・ウィルソン、B・J・ノヴァク、メラニー・パクソン、アニー・ローズ・バックリー、キャシー・ベイカー、レイチェル・グリフィス

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