頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第29回「太田道灌と長尾景春 (中世武士選書43)」(戎光祥出版)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー29

「太田道灌と長尾景春 (中世武士選書43)」 「太田道灌と長尾景春 (中世武士選書43)」
(黒田基樹、戎光祥出版)

 室町中期、関東の名将といえば、多くの人が太田道灌の名前をあげるでしょう。
 江戸城を築いたこと、そして山吹の歌の故事も広く人口に膾炙しています。
 その道灌は、永享4年(1432)に太田道真の嫡子として生まれます。道灌は法名(出家後の名前)で、幼名を鶴千代、元服後の通称は源六(源六郎)といいました。
 幼い頃から利発で、鎌倉五山で学び、学才は天下に聞こえていたといいます。
 対する長尾景春は、嘉吉3年(1443)生まれですが、幼名はわからず通称は四郎右衛門尉といったようです。
 本書はそんな太田道灌と長尾景春の生涯をたどったものです。伝記では無く歴史書(一般書)ですので、実証的にたどっています。
 なぜ、道灌と景春という二人の武将を取り上げたのでしょうか。それは、二人があたかもライバルのように合戦を繰り返したからです。
 景春の生まれた長尾家は、関東管領山内上杉家の家臣で、景春の父、祖父と家宰を務めてきました。当然、景春も次は自分が任命されるものと思っていました。
 ところが、景春の主人山内上杉顕定は、叔父を任命したのです。それに怒った景春は、鉢形城に拠って主人顯定に謀反を起こします。これを「長尾景春の乱」といいます。
 長尾景春に与同する国衆は多く、侮れない勢力となります。そんな長尾景春と戦い、与同する国衆を滅ぼしていったのが太田道灌なのです。
 道灌は扇谷上杉家の家宰でした。扇谷上杉氏は、山内上杉家を支える有力な一族です。そのため、道灌は景春と戦うこととなったのです。
 道灌と景春、二人はライバルのように見られがちですが、年齢も11歳も違いますし、合戦もほぼ道灌の圧勝に終わっています。
 ではなぜ、長尾景春は、道灌とともに語られるのでしょうか。
 長尾景春は、自らの謀反が失敗に終わったとき、山内上杉家の宿敵古河公方方足利成氏に降り、名を伊玄と改めて、その後は成氏の一武将として活躍することとなります。その課程で北条早雲(伊勢長氏)とも親交を持っています。
 本書では、そんな長尾景春を「関東の室町時代から戦国時代へと転換をもたらしていく政治過程において、伊玄(景春)は、その重要な橋渡し役を務めた」と評価しています。つまり、関東戦国時代という窓を開いた人物というわけです。
 対して道灌は、長尾景春の乱平定後、主人である扇谷上杉定正に暗殺されています。名将道灌を暗殺した定正は、暗愚な主人のように思われがちですが、決してそうではないようです。
道灌の嫡子資康は、山内上杉家に降り、定正は顕定と決裂して戦うこととなります。これを「長享の乱」といいますが、いわば上杉家の主導権争いみたいなものです。この戦いで、定正はけっこう有利に戦いを進めているのです。
 実際に道灌を暗殺した人物は、曽我兵庫助といい、道灌の父道真が目を懸けていた人物といわれています。定正の後継者である朝良の執事を務めており、扇谷上杉氏の譜代の家臣でした。
 道灌は長尾景春の乱を鎮める過程で、多くの外様衆(扇谷上杉家にとっての)を重用し、普代層に不満が生まれていたのではないかと、本書では推測しています。また、「目的のためには容赦しない姿勢」の道灌は、定正や顕定と確執を生じていたとも指摘しています。
 長尾景春の評価と併せて、もし、道灌が暗殺されずに上杉家を支えたとしたら、関東に戦国時代は訪れていたでしょうか。道灌の思想の根幹には、儒教に基づく秩序意識が強く働いていました。
 もしかしたら定正は、道灌がいなくなれば、顕定を倒して自らが上杉家の当主になれるかもしれないと考えたのではないでしょうか。
 本書を読んで、そんな歴史のifに思いを馳せるのも面白いかもしれません。

 本書は、戎光祥出版(株)の『中世武士選書』の一つで、第43巻目にあたります。
 現在、本選書は、第47巻「上野武士と南北朝内乱」(久保田順一)まで出版されています。本書のように大学の教員が書いているものもありますが、地域史、郷土史でしっかりした仕事をされている方が書いているものもあります。
 また、「武田信重」(磯谷正義、第1巻)、「上杉憲顕」(久保田順一、第13巻)、「上杉顕定」(森田真一、第24巻)、「南部信直」(森嘉兵衛、第35巻)、「斎藤妙椿・妙純」(横山住雄、第46巻)など、名前を聞いても直ぐに思い出せないマイナーな人物についても出版しているのが特徴です。上記のうち、私もまだ第1巻、第24巻しか読了していません。
 中世史を中心にかなり広範囲にフォローしていますので、気になる郷土の武将、地域の国衆などが見つかるかもしれません。
 本書は数年前に読んだものですが、それは短編小説「海上(うみ)の夕立」を書くためでした。当『歴史行路』のコンテンツ『小説歴史行路』に掲載してあります。興味のある方はぜひどうぞ。
 

海上うみの夕立  ―文明六年「武州江戸歌合」―

 さて、太田道灌と長尾景春を扱った小説ですが、長尾景春については、ずばり、以下の作品があります。
「叛鬼」(伊東潤、中公文庫)

 太田道灌については、少し古いですが、次の作品があります。
「小説太田道潅―江戸を都にした男」(大栗丹後、栄光出版社)

 なお、太田道灌については、小説ではなく一般書もありますが、今回は下記を紹介します。以前に本レビューで取り上げた「図説~」シリーズの一環です。筆者も同じ方です。
「図説 太田道潅―江戸東京を切り開いた悲劇の名将」(黒田基樹、戎光祥出版)

 

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