書名『将軍家の妖刀 小言又兵衛 天下無敵2』
作者: 飯島一次
出版社: 二見書房
発売日: 2018/09/26
定価 700円税込
今年6月にスタートしたシリーズ『小言又兵衛 天下無敵』の第2弾である。
小言(こごと)又兵衛(またべえ)こと石倉(いしくら)又兵衛(またべえ)は11年前までは御書院番士、つまり将軍直属の親衛隊士だったが、宝暦6年(1756)の今は隠居の身である。又兵衛がシリーズの主人公だが、本作の〈影の主人公〉というべきは「第1章 帰ってきた男」の作之助(さくのすけ)である。
日本橋本町の酒屋・近江屋作(おうみやさく)兵衛(べえ)の倅である作之助は、酒と女に溺れて遊び呆け、満足に商売を覚えようともしない道楽息子であった。父の命により、上方に修業に出かけていた作之助は、今、8年ぶりに江戸に戻って来る。そこで作之助は父作兵衛が2年前に死去し、番頭であった徳(とく)三(ぞう)が作兵衛を称し近江屋の主に納まっていることを知る。生家を訪ねた正真正銘の「近江屋のもと若旦那」の作之助は近江屋を乗っ取った徳三に偽物扱いされ叩き出されてしまう。 どうして父は亡くなったのか、父親の死に疑問をもった作之助は父の敵を討とうとする。
ここまでなら、老舗の跡継ぎたる若者が酒と女で身を過って勘当されるという、よくある「哀れな放蕩息子の話」にすぎないが、事件は小言又兵衛がからむことで意外な進展を遂げるのである。
仇討ちの助太刀をすることを嬉々として心待ちにしていた又兵衛は、近江屋の〈お家騒動〉を知り意気込むが、先代が河豚にあたって死んだとあっては、仇討ちの助太刀にはならないと、肩透かしを食らったように落ち込む。
一方、又兵衛のもう一つの楽しみが、市井の芝居見物であった。何をやっても退屈で大あくびの日々が続くある日のこと、無聊をかこいつつ、芝居を見に出かけると、その芝居見物の桟敷で隣り合ったのがなんと、将軍家お世継ぎの大納言・家(いえ)治(はる)卿(20歳。2年後の宝暦8年に10代将軍となる)であり、その連れはあろうことか又兵衛の娘婿の源之丞であった。
芝居見物の帰路、正体不明の一味が家治の帰途を襲う。又兵衛は家治から託された名刀を振るって敵を撃退する。武芸百般の強者である又兵衛だが、将軍家拝領刀が又兵衛の技量を超越した威力を発揮し瞬く間に賊を両断してしまったというのが真実に近い。まさしく〈将軍家の妖刀〉である。
話戻って、作之助の父・先代の近江屋は、上方の下り酒に代わるべく、江戸で安くて旨い酒を造ろうとした進取の酒屋だった。将軍家重の御用取次・田沼(たぬま)意(おき)次(つぐ)はそうした新興の近江屋を後押しした。前巻に引き継き、田沼の登場を観る。実在の人物の登場は時代小説を虚構の世界からより現実の世界へと誘う効力がある。
方や、京橋の山城屋(やましろや)清(せい)兵衛(べえ)ら上方に本店を持つ酒屋は江戸での大掛かりな酒造りを阻止すべく動いた。若旦那の作之助を道楽者にして上方に追いやり、女をあてがいたらしこみ江戸に戻らないようにして、近江屋乗っ取りを画策した張本人が清兵衛なら、酒屋の寄り合いでフグを食べさせ作兵衛を亡き者にしたのも清兵衛である。かつ、家治暗殺を計画し、不逞浪士をかき集め襲撃させたのも清兵衛で、最初から何もかも山城屋清兵衛が仕組んだことであった。
田沼意次は将軍世継ぎが城を抜け出し、夜遊びをしていることばかりか、襲撃事件がおきていることを知り、驚愕する。何者かが次期将軍の命をねらい、幕府の体制を揺るがそうとしているのは確かであるとみなした意次は、家治警護の役目を又兵衛に申し付ける。
山城屋の背後には、京の公家・大納言朱雀小路経雅がいた。「西の大納言」こと経雅らの一味は、お世継ぎさえ倒せば、失政を理由に将軍家重を罷免し、尊王の志篤い田安宗武(家重の実弟)を新将軍に擁立できると目論んでいる。
最終章に至り、山城屋の「跡継ぎ」作之助の仇討ちと、将軍家の「跡継ぎ」家治の暗殺事件という全く次元を異にする事件が合体する。それらふたつの危機に謹厳実直な武辺者又兵衛がただ一人で立ち向かい、悪を叩き切る。
これらの事件を契機として、家重、家治二代にわたって信任厚い田沼意次は出世街道を昇りつめていくことになる。それはまた歴史の事実と符合する。単なる商家の〈御家騒動>の背景に、幕府が江戸の特産品作りを奨励したこと、宝暦事件(宝暦8年、幕府が皇権回復を説く朝廷内の尊王論者を弾圧した事件)の予兆があったことなどが織り込まれている。
なんと見事な構図ではないか。時代小説の名手・飯島一次の歴史の真実への目配りも確かなもので、恐れ入るばかりの造形力と言わねばならない。テンポのよい文章もさることながら、このストーリーテラーの妙なる造形に、魅了された。早くも続巻がたのしみである!
(平成30年10月11日 雨宮由希夫 記)