第657回 碁盤斬り
令和六年五月(2024)立川 キノシネマ立川
主人公の浪人の名が柳田格之進、というだけで落語が好きな人にはぴんとくる。江戸の裏長屋に住む格之進は貧しいながらも誠実で気品があり、妻をなくして、娘のお絹とふたり清く質素に生きている。囲碁好きで碁会所に顔を出すが、そこで裕福な質屋の萬屋源兵衛と知り合い、碁を通じて交流する。源兵衛はケチで口うるさく、奉公人からも近隣の住人からも嫌われる因業親父だが、格之進と毎回碁を打つうちに、気高い人柄に感化される。
八月の月見に娘のお絹と萬屋に招かれた格之進。別室で源兵衛とふたり名器の碁盤を囲む。そこへ番頭が客から返済された五十両を源兵衛に手渡す。翌日、その五十両が紛失しており、柳田様に問いただすよう一番番頭に命じられ、若い弥吉が長屋に出向く。盗みを疑われたのは武士の恥辱。切腹しようとする父に驚き、娘のお絹は吉原に五十両で身を売り、格之進はその金を萬屋の弥吉に渡す。自分は清廉潔白なので、もし金が出てきたら、おまえと源兵衛の首を貰い受ける。そう言って立ち去る。これが落語の『柳田格之進』だが、映画は柳田が浪士となった経緯と妻の死を加え、シリアスな時代劇になっている。
かつて彦根藩で進物係をしていた格之進は、囲碁自慢の高慢な藩士柴田兵庫を負かしたために恨まれ、主君に讒言されて浪人となった。月見の夜に妻の自害も柴田の悪行のせいと知った格之進、蓄電した柴田を討ち果たすことを娘に誓い、弥八に五十両を渡した後、苦難の旅に出る。五十両を用立てた吉原松葉屋の女将お庚は、大晦日まではお絹を店には出さないと期限を切って約束したが、それまでに柴田を討ち本懐を遂げられるのか。また、紛失した五十両は見つかるのか。
落語ネタでありながら、笑いの要素を排し、柳田の草彅剛は高潔の武士そのもの。源兵衛の國村隼は因業親父から慈悲深い商人への変化、まるでクリスマスキャロルのスクルージである。お庚の小泉今日子の気風、顔役の市村正親の貫禄、悪役斎藤工の屈折。登場人物のせりふは町人がきれいな江戸弁、武士は武家言葉、おふざけスカスカの低俗な現代風コメディにならず、さすが白石監督、江戸情緒たっぷりの見事な時代劇である。
碁盤斬り
2024
監督:白石和彌
出演:草彅剛、清原果耶、中川大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、斎藤工、小泉今日子、國村隼