シネコラム

第656回 靴をなくした天使

飯島一次の『映画に溺れて』

第656回 靴をなくした天使

平成五年七月(1993)
池袋 文芸坐

 

 名優ダスティン・ホフマンを初めて観たのは『わらの犬』だった。一九七〇年代、『卒業』『真夜中のカウボーイ』『小さな巨人』『レニー・ブルース』など、名画座で追いかけたが、窮地で思わぬ力を発揮する駄目男の役が昔からよく似合う。
 シンデレラストーリーを連想する『靴をなくした天使』の主人公バーニー・ラプラントは五十代で人生の敗残者。利己的な冷笑家で他人の金をくすねたり、悪態をついたりする嫌なやつ。ケチな窃盗で裁判にかけられ有罪、保釈期間に弁護士から心象をよくするよう言われて、別れた妻に引き取られている息子を映画に誘おうとしたその夜、目の前で飛行機の墜落事故に遭遇する。機内から助けを求める声。仕方ないと思いながら、靴を脱いで泥水の中、非常口を開けて乗客を脱出させ、たまたま機内で動けない女性を命がけで助けるが、バッグを盗んでしまう。片方の靴をなくしたまま、その場を立ち去り、息子のところに向かうと、怒り狂った妻に追い返される。たまたま中古車で寝起きしているホームレ スのババーに片方だけの靴をやる。
 機内からバーニーに救い出されたゲイルは美人で強気のTVリポーター。乗客全員の命を助けて消え去った謎の男はニュースとなり、現場に残された片方の靴から、百万ドルの賞金が出ることに。が、バーニーは盗んだバッグの中のクレジットカードをさばこうとして警察に逮捕され、留置所に入る。その間、ホームレスのババ―が片方の靴を証拠に百万ドルほしさに名乗り出て、一躍英雄として脚光を浴びる。悪人ではなく、根は善人。しかもなかなかのハンサム。彼に惹かれたゲイルは番組で持ち上げ、多くの人々がババ―に感化される。百万ドルは本来、俺の金なんだ。保釈されたバーニーはババ―に会おうとして追い返される。機内でなくしたはずのクレジットカードの件で警察から連絡を受けたゲイルがカメラマンとともにバーニーに迫る。そして心に残る見事な展開につながる。
 ホフマンの他、ゲイルのジーナ・デイヴィス、ババーのアンディ・ガルシア、元妻のジョアン・キューザック、TV局長のスティーヴン・トボロウスキーなど役者ぞろい。

靴をなくした天使/Hero
1992 アメリカ/公開1993
監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:ダスティン・ホフマン、アンディ・ガルシア、ジーナ・デイヴィス、ジョアン・キューザック、トム・アーノルド、スティーヴン・トボロウスキー

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