シネコラム

第658回 薔薇の名前

飯島一次の『映画に溺れて』

第658回 薔薇の名前

昭和六十二年十二月(1987)
新宿歌舞伎町 シネマスクエアとうきゅう

 

 東京創元社から翻訳が出たウンベルト・エーコの『薔薇の名前』上下二冊を読んだのは 、映画公開から四年以上経っていた。ショーン・コネリー主演、ジャン=ジャック・アノー監督の映画がヒットし、話題になったので、後から販売された翻訳本も当時のベストセラーとなった。もちろん、映画は小説よりもずっとわかりやすい。
 観たのは新宿歌舞伎町のシネマスクエアとうきゅう。ここは単館アート系ミニシアターの走りで、シナリオ採録のパンフレットも発売されていたが、今はもうない。
 一三二七年の北イタリア。ふたりの修道士が僧院に到着する。初老の元異端審問官バスカヴィルのウィリアムと見習い修道士メルクのアドソ。この僧院で会議が開かれ、キリストが財産を所有したかどうかが論争される。背景には法王と皇帝との反目。富と権力を握る法王と清貧を主張する宗派。この重要な会議が始まろうとする矢先、僧院で連続殺人が勃発する。図書室でギリシア語を翻訳していた修道士が変死したのだ。
 論理的な知能で物事を考えるバスカヴィルのウィリアムが院長の依頼で調査に乗り出す。助手役は若いアドソ。このふたりはまるでシャーロック・ホームズとワトスンである。
 僧院が誇る膨大な図書室。連続殺人の真相には、アリストテレスの禁断の書物が関係している。捜査の途中、食料ほしさに僧院に忍び込んだ村娘とアドソの一夜限りの密会。会議に乗り込んできた異端審問官ギーにより、ウィリアムの推理は却下され、殺人事件の犯人として異端派の修道士と村娘が火あぶりを宣告される。
 ウィリアムにショーン・コネリー、アドソにクリスチャン・スレーター。ギーにF・マーリー・エイブラハム、僧院長にミシェル・ロンダール、異形の修道士サルヴァトーレにロン・パールマンというおどろおどろしいキャスティング。
 後半の村娘や敵役ギーの最期が映画と小説とでは違っているが、映画には映画の、小説には小説の楽しみ方があるのだ。

薔薇の名前/The Name of the Rose
1986 フランス・イタリア・西ドイツ/公開1987>
監督: ジャン=ジャック・アノー
出演:ショーン・コネリー、F・マーリー・エイブラハム、クリスチャン・スレーター、ロン・パールマン、フェオドール・シャリアピン・ジュニア、イリヤ・バスキン、ヴォルカー・プレクテル、ミシェル・ロンダール、ヴァレンティナ・ヴァルガス

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