シネコラム

第655回 地下鉄のザジ

飯島一次の『映画に溺れて』

第655回 地下鉄のザジ

昭和六十二年三月(1987)
五反田 五反田東映シネマ

 

 レーモン・クノーを最初に読んだのは一九七〇年代の半ば、当時大学で演劇の勉強をしていた私は書店で戯曲を買いあさっており、演劇書売り場で見つけたのが筑摩書房から出ていた滝田文彦訳『イカロスの飛行』だった。戯曲だと思って買ったら、戯曲形式のレーゼドラマ、面白くて何度も読み返した。
 その流れで次に買ったのが同じ時期に書店に並んでいた中公文庫、生田耕作訳『地下鉄のザジ』で、ルイ・マル監督の映画化作品はそれより早く公開されていたのだが、観たのは本を読んでからさらに十年以上後だった。
 せりふの多いドタバタ劇を思わせる変な小説が、そのまま変な映画になっている。
 一九六〇年代初頭のパリ。田舎から母親に連れられ、やってきた少女ザジ。彼女が一番楽しみにしているのは田舎にはない地下鉄に乗ること。母が恋人と逢引きする二日間、叔父のガブリエルのところに滞在し、パリ見物するが、地下鉄はストで動いていない。ガブリエルはバーの上階のアパートに住んでいて、店主も客も変人ばかり。
 地下鉄ストにがっかりしているザジは変な男に付きまとわれ、米軍払い下げのジーンズを買ってもらって逃げ回る。この男が警官になったり、私服の刑事になったり。
 多くの自動車が渋滞する町中、叔父やタクシー運転手とエッフェル塔に昇るザジ。金持ちの中年女が警官に恋して追いかけたり、叔父の仕事がクラブで女装して踊るダンサーだったり。最後は登場人物たちがレストランで入り乱れて大乱闘。ザジも他のみんなも、饒舌にしゃべり続ける。二日後の朝になってようやく地下鉄が動くが、せっかく乗ってもザジは疲れ切って、眠ってしまう。母親にパリの感想を聞かれて、一言「年を取ったわ」
 ガブリエル叔父さん役のフィリップ・ノワレはその後、『追想』では妻子をナチスに殺される中年男、『ニュー・シネマ・パラダイス』では初老の映写技師など、大活躍するが、この『地下鉄のザジ』の頃は三十前後、長身で太めで貫禄があった。

地下鉄のザジ/Zazie dans le metro
1960 フランス/公開1961
監督:ルイ・マル
出演:カトリーヌ・ドモンジョ、フィリップ・ノワレ、カルラ・マルリエ、ヴィットリオ・カプリオーリ、ユベール・デシャン、アニー・フラテリーニ、アントワーヌ・ロブロ、ジャック・デュフィロ、イヴォンヌ・クレシュ、ニコラ・バタイユ

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