シネコラム

第653回 ライ麦畑で出会ったら

飯島一次の『映画に溺れて』

第653回 ライ麦畑で出会ったら

平成三十年五月(2018)
京橋 テアトル試写室

 

 一九六九年。ペンシルバニアの名門校に学ぶジェイミーはJ・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を愛読するあまり、自分を主人公のホールデンと重ね合わせ、所属する学校の演劇部での上演を計画する。
 文科系の演劇部は体育会系の生徒たちから見下され、いじめられている。そんな現状から脱却するためにも『ライ麦畑でつかまえて』の上演は必要なのだ。
 演劇部の指導教師から作者に無断で上演はできないといわれ、隠遁作家サリンジャーに許可をもらいに行くことになる。同行するのは近所の女子校に通うディーディー。
 なんとかふたりでサリンジャーの住んでいると思われる近所までたどり着くのだが、地域の人たちはだれひとり高名な作家の家なんか知らないという。
 が、あるきっかけで森に囲まれた丘の上の家で、ようやく本人に会うことができる。憧れの作家の前で、ジェイミーは思いのたけを語る。サリンジャーは自分の本は小説であり、演劇でも映画でもない。上演なんて許可しないとそっけない。さて、舞台化の夢は叶うのか。
 悪役の多いクリス・クーパーが渋いサリンジャーを演じていて、うれしい。
 映画の原題『カミング・スルー・ザ・ライ』はスコットランド民謡で、日本では『故郷の空』という題名で知られ、大和田建樹作詞の「夕空晴れて秋風吹き…」が有名である。
 ただし、元歌は誰かと誰かがライ麦畑でキスしてるというエロチックな内容で、いかりや長介や加藤茶のザ・ドリフターズが歌う『誰かさんと誰かさん』がそれに近いと思われる。もちろん、サリンジャーの小説のタイトルはこのスコットランド民謡から取られているのだ。
 高校生だった私は庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読み、その影響で白水社の新しい世界の文学、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。あれから約四十数年後にこの映画を観て、今度は村上春樹訳で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読み返した。

ライ麦畑で出会ったら/Coming Through the Rye
2015 アメリカ/公開2018
監督:ジェームズ・スティーヴン・サドウィズ
出演:アレックス・ウルフ、ステファニア・ラヴィー・オーウェン、クリス・クーパー、ジェイコブ・ラインバック、エリック・ネルセン、カビー・ボーダーズ

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