頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第41回「隋―「流星王朝」の光芒」 (中公新書)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー41

隋―「流星王朝」の光芒 「隋―「流星王朝」の光芒」
(平田陽一郎、中公新書)

 隋とは中国の統一王朝の国名です。混乱した中華を統一した王朝は、短命に終わることが多いのですが、戦国時代を終わらせた秦(紀元前221年~207年)、三国時代を終わらせた晋(西晋(280年~318年))、南北朝時代を終わらせた隋(581年~618年)ともに50年も持たずに崩壊しています。
 秦は戦国時代の一国家としての長い歴史があり、晋も江南へ逃れて以降南部を長く支配(東晋)します。そのため、本書では建国から滅亡まで50年に満たない隋を「流星王朝」と呼び、天下統一と統一後、周辺国との抗争、そして文帝、煬帝の2代に渡る治世等について幅広く解説しています。
 隋といえば、実質高祖文帝楊堅によって建国され、子の楊広こと世祖煬帝のときに実質的に滅亡しています。しかしながら、廟号にいずれも「祖」がつくのは何故でしょうか。
 廟号というのは、天子の祖先を祀る宗廟のことで、高祖や世祖、太宗や世宗は尊号です。そのうち、「祖」がつくのは王朝の創始者であり、その後は「宗」がつくのが一般的です。
 私は文帝で隋が興され、煬帝で滅んだと認識していましたので、煬帝の「世祖」という廟号にずっと違和感を持っていましたが、本書を読んで氷解しました。
 煬帝は突厥に吐谷渾に、そして高句麗にと対外遠征を繰り返し、国土を広げていたのです。つまり、隋という国は膨張段階で、国土確定途中だったのです。ゆえに「祖」のつく廟号だったのです。ということは、隋という国は、まだ自らの領土を確定することなく滅んだということになります。
 本書では、煬帝は漢の武帝に憧れて、死後「武帝」と諡(おくりな)されることを望んだと述べられています。文帝や武帝は、諡号と呼ばれるものです。そこでは、「文」が最高で、次が「武」といわれています。残念ながら、煬帝の望みは叶わずに、「煬」という下級に属する諡号が送られてしまいました。地下の煬帝は、どのように思っているのでしょうか。また、作者はそのことをどう評価しているのでしょうか。
 ちなみに、煬帝は「ようだい」と読みます。「ようてい」ではありません。このような読み方は、中国の多くの皇帝の中で煬帝のみです。いったいなぜ、そのように読み慣わしているのでしょうか?
 そのことにも本書は触れています。
 もとの漢語に「だい」という読み方はないのですが、学問の家である藤原南家が『貞観政要』を天皇に進講する際、それまでの漢音(長安付近で用いられていた発音、当時の標準語)ではなく、呉音(中国南方の発音で当時の地方語)で「ヨウタイ」と呼んで区別したのが始まりで、やがて濁音して「ヨウダイ」と読み慣わすようになったようです。つまり、あえて濁音することで、暴君煬帝を暗に批判しているわけです。
 ご承知のように『貞観政要』は、隋の後を受けて誕生した唐の二代目皇帝太宗李世民の言行録です。太宗は名君として知られ、『貞観政要』は、帝王学の書籍とされていましたので、天皇に進講したのでしょうが、どうも隋は唐との比較で論じられることが多いようです。ちなみに、近頃では、『貞観政要』は、ビジネスマンに人気があるようです。
 ところで、煬帝は次男です。太宗も次男です。二人とも皇太子だった兄がいました。そして、二人とも兄も皇太子を打倒して皇位につきました。方や希代の暴君、方や希代の名君、二人とも学問、教養豊かな人物でした。しかしながら、後世その評価が真逆なのはなぜなのでしょうか。それは是非本書を読んでみてください。
 楊堅の父楊忠は、隋の前の国北周から「随国公」に封じられます。子の楊堅は、父の没後その後を継ぎます。それが、北周に替わった隋という国号のもとなのですが、なぜ、「走」(しんにょう)が無くなったのでしょうか。その疑問もぜひ本書を読んで……。
 さて、「中国4千年」という言葉があるように、長い歴史を持ち、多くの王朝の興亡を繰り返してきましたが、統一王朝の力が弱まり滅亡に至る際には、必ずと言って良いほど民衆反乱が起きています。秦の陳勝・呉広の乱、漢の黄巾の乱等です。隋もまた民衆反乱が起きているのですが、百近い人物が反乱を起こしており、一つの名称に集約できなかったようです。しかしながら、さすが中国、その百人の中には個性豊かな人物が混じっています。さて、どのような個性だったのか、それも本書で是非どうぞ。
 本書は、新書版で300ページという長さですが、読み始めると止まらない面白さがあります。歴史の一般書ではありますが、単に歴史の叙述だけでなく、その時代に生きた人物達も活写されています。本書を読んで、歴史の面白さ、中国歴史の広大さ、多彩さに触れてみてください。

 私は明代以前の中国の歴史が好きです。かつて、先祖達が大陸に何を学び、何を活かし、何を捨てたのか。リスペクトを持って中国史を学ぶと多くのことが得られるように思われます。

 煬帝についてさらに知りたい方には、少し古いですが、以下の本がおすすめです。
 『隋の煬帝』(宮崎市定、中公文庫BIBLIO)

 なお、小説はいくつかありますが、私は読んでいませんので、以下のドラマをご紹介します。
 「独孤伽羅~皇后の願い~」
 「隋唐演義 ~集いし46人の英雄と滅びゆく帝国」

 

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