頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第36回「戦国時代を読み解く新視点」(PHP新書)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー36

戦国時代を読み解く新視点 (PHP新書) 「戦国時代を読み解く新視点」
(歴史街道編集部編、PHP新書)

 本書は、題名の通り最新の歴史学の成果を活かして新たな視点で戦国時代に斬り込んだ本です。歴史街道編集部編とありますので、おそらく雑誌『歴史街道』に掲載されたモノをまとめたものと思われます。
 1章が10ページ程度ですので、読みやすく、かつ、その視点の斬新さがわかりやすくまとめられています。
 私は本書を読んで、足利幕府(将軍)と戦国大名の関係について興味を覚えました。
 周知のように、室町幕府の滅亡は、15代将軍足利義昭が、織田信長によって京都から追放された元亀4年(1573年)のこととされています。
 しかしながら、これ以降も義昭は、征夷大将軍のままで、後に備後国鞆に落ち着き、毛利輝元の庇護を受けます。義昭はここから京にいたときのように御教書を発するのですが、このとき、鞆に幕府機能があったという説もあります。とすると、室町幕府の滅亡は、征夷大将軍の地位を朝廷に返上した天正16年(1588年)1月ということになりましょうか。
 なぜ、こうしたことになるのでしょう。
 それは、足利将軍の特徴に起因すると思われます。周知のように足利将軍は、「流れ公方」と称される将軍がいます。 
 代表的なのは、足利義材(義稙)です。義材は応仁の乱で再軍に属した足利義視の子で、義材と名乗って征夷大将軍となったのですが、管領細川政元に嫌われ、明応の政変で将軍位を追われてしまいます。
 しかしながら、西国の大内義興に匿われて11年後、将軍位に返り咲きます。そして名を義稙と改めました。
 このとき、京を追われた将軍義澄は、近江国に逃れて没しています。
 義稙の次は、その義澄の子義晴が継ぎます、細川氏の内紛に巻き込まれ、何度も近江国に避難しています。近江国朽木谷で幕府を構成したこともありました。義晴も義満と同じく、播磨国赤松氏によって育てられています。
 子の義輝も同じように京と近江を行き来しています。14代将軍とされる義維もまた阿波で育ち、堺で幕府を立てています。
 こうしてみると、後期の足利将軍は、京に留まっていないことも多く、必ずしも京を追放されたからといって幕府の滅亡ということにはならないということになります。
 まして、実力によって成り上がった三好長慶は、天文22年(1553年)8月から永禄元年(1558年)11月まで、将軍を戴かずに政治を行っています。義輝は2年後に京に戻っています。
 しかし、その間近江国に避難していた足利義輝に影響力がなかったかというとそうではありません。
 こうしたことを考え合わせると、足利義昭もまた「流れ公方」と呼んでも良いのではないでしょうか。おそらく、元亀4年(1573年)に信長から京を追放されても、その影響力は相当に大きかったものと思われます。

 本書は、4部構成で、テーマと執筆者、つまり目次は、以下のようになっています。

第一部 定説を揺るがす新説
・新発見の密書が語る「足利義昭」推戴の事実 藤田達生
・中国大返し 毛利が動かなかった本当の理由 藤田達生
・小田原参陣前、伊達政宗は弟・小次郎を殺してはいなかった!? 佐藤憲一
・真田丸は恐るべき「攻めの城」 千田嘉博

第二部 あの合戦の真相とは
・義元上洛、田楽狭間の休息、迂回奇襲……あの桶狭間は覆った 小和田哲男
・男たちはなぜ、長篠へ向かったのか―決断の背景 小和田哲男
・いざ天下分け目の関ケ原の大戦へ! 渾身の決断に見る漢たちの魅力 小和田哲男
・信玄と謙信の川中島―たとえ名将といえども…… 平山 優
・東国の雄、武田と北条の滅亡にも海外の影響が…… 平山 優
・不慣れな海戦でも活躍…… 朝鮮出兵でなぜ、島津は敵から畏れられたのか 太田秀春
・「天下=畿内」の静謐が判断基準……領国を拡大させた信長の戦いの構図とは 金子 拓
・ 豊臣逆転の勝算あり! 天下人を決する戦国最大最後の戦い 北川 央

第三部 あの武将と一族の実像に迫る
・いつ、どこで生まれたのか、斎藤道三との関係は……明智光秀の〝謎の前半生〟に迫る 谷口研語
・信長に先駆けた男……「日本の統治者」と呼ばれた三好長慶の実像 天野忠幸
・「狡猾」「残忍」といわれた男 最上義光の本当の姿 松尾剛次
・「 謎多き一族」里見氏の真実に迫る 滝川恒昭

第四部 戦国時代を動かした「異能の集団」
・戦国以前にも存在した? 軍配者とは何者?……軍師の実像とは 小和田哲男
・諜報、火術、伏兵―戦の帰趨を決めた「異能の集団」 山田雄司
・連射を可能にした合理的な発想……なぜ雑賀衆は鉄砲を使いこなせたのか 太田宏

 雑誌『歴史街道』は、1988年創刊の月刊誌。今ある歴史雑誌では一番の老舗で、昭和、平成、令和と3つの時代にわたって発刊。現代からの視点で、日本や外国の歴史を取り上げ、今を生きる私たちのために「活かせる歴史」「楽しい歴史」を提供している。と本書奥付を要約してAmazonでは紹介しています。

 私の子どもの頃は、『歴史読本』(新人物往来社)、『月刊 歴史と旅』(秋田書店)という二大雑誌がありました。すでに廃刊されていますので、歴史好きな読者のためにも『歴史街道』は長く続いて欲しいと切に願っています。

 今回は古い作品で恐縮ですが、タイトルもずばりの「流れ公方記」(水上勉、集英社文庫)をご紹介します。足利義昭を侍女の視点から描いた作品です。鞆移動後が描かれていないのが、少し残念です。
「流れ公方記」(水上勉、集英社文庫)

 

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