シネコラム

第611回 猟人日記

飯島一次の『映画に溺れて』

第611回 猟人日記

平成十一年七月(1999)
渋谷 ユーロスペース1

 

 仲谷昇が演じる主人公、本田一郎はのっぺりした二枚目。金持ちの娘と結婚して、義父の関連会社で一応の地位についているが、妻とは肉体関係がない。ふたりでメキシコ旅行中に奇形児が生まれ、それを処理したことが罪悪感となって、妻は性不能になり、無理に一事に及ぶと痙攣を起こしてのたうちまわる。それでも別れられないのは、社会的な地位が離婚によって失われるのを恐れてのこと。
 妻の種子を演じるのがこの原作小説の作者である戸川昌子というのが凝っている。
 妻と肉体関係を持てない本田は酒場で女をあさり、一夜を共にした記録をノートにつけ、それを猟人日記と名付けて眺めるのが趣味。自分はハンターで女性は獲物なのだ。ハンターならぬ変態である。
 ある女性事務員が自殺する。新聞に出た記事を見て、彼は猟人日記に書いた名前を思い出す。彼女は獲物のひとりだった。ところが、別の女性絞殺事件が起こり、その被害者もまた自分の獲物であったことがわかる。偶然だろうか。もちろん偶然ではない。
 そしてまたひとり女が殺され、それも本田が関係した女。とうとう本田は逮捕される。状況証拠と血液型から、彼の犯行とされ、裁判で死刑の判決を受ける。
 ここに北村和夫の畑中弁護士が現れ、十朱幸代の助手とともに、本田の無実を信じて調査を始めると、かつて自殺した女性事務員の縁者が復讐のために、罠にはめたのではないかとの疑惑が浮かぶ。
 ところが、ここで、またどんでん返し。
 暗い話なのに、妙に明るい。本田が女を口説くのに、新宿のバーで「流浪の民」を歌ったり、フランス人やイギリス人の混血になりすまし、片言の日本語を使う場面では、映画館が爆笑となる。
 若い頃の美輪明宏、当時の丸山明宏もバーで歌う。山田吾一や中尾彬などが小さな役で光る。

猟人日記
1964
監督:中平康
出演:仲谷昇、戸川昌子、北村和夫、十朱幸代、小園蓉子、茂手木かすみ、中尾彬、岸輝子、山本陽子、稲野和子、高田敏江、山田吾一、鈴木瑞穂、丸山明宏

←飯島一次の『映画に溺れて』へもどる