シネコラム

第608回 1秒先の彼

飯島一次の『映画に溺れて』

第608回 1秒先の彼

令和五年七月(2023)
府中 TOHOシネマズ府中

 

 台湾映画『1秒先の彼女』を日本でリメイクした『1秒先の彼』は風変りな時間SFというかファンタジーであり、同時に京都の映画でもある。
 最初の場面、若い男が交番に大事なものをなくしたと届け出る。警官に紛失物はなにかと問われて、昨日の一日がまるまる消えたという。警官は呆れて相手にしない。
 男の名は皇一、すめらぎはじめと読む。京都市内の郵便局員で、子供の頃からなにをやっても人より少し早い。高校時代に父が失踪し、大学受験に失敗して、郵便局に勤め、最初は配達係だったがバイクで猛スピードを出しすぎるため、今では窓口勤務である。
 同僚の女性局員に言わせると、見た目は百点だが中身は零点。かっこいい二枚目なのに、やることが周囲に受け入れられず浮いてしまう。京都というのは洛中だけであり、洛外は京都ではない。と、そんなことにこだわるが、自分は市外の宇治市の出身である。
 この一が路上で京都の歌『女ひとり』を歌っている桜子に出会って好意を持ち、接近し、彼女のために花火大会に参加しようとする。が、その一日が消えてしまったのだ。
 もうひとり、長宗我部麗華はちょうそかべれいかと読む。子供のころから周りよりワンテンポ遅く、今は京都の私立大学に通い、写真館でアルバイトしている。彼女は子供の頃、一と知り合い、長年憧れていたが、最近ようやく再会し、恋心を募らせる。だが、彼は彼女のことを覚えていない。彼女は毎日郵便局に切手を一枚だけ買いに通い、ミュージシャンの桜子が一にまったく気がなく、ただ利用しているだけと知る。そして、運命の一日。麗華の周囲で時間が止まる。一秒早い彼と遅い彼女との時間が交差するのだ。
 この映画の魅力は古都京都の魅力でもある。登場人物の美しい京都弁にうっとりしながら、京都の風景や人情や事物を堪能する。関西出身でない岡田将生や荒川良々が巧みに京都弁をしゃべり、宮藤官九郎の京都弁の脚本も実に京都らしい。偶然にも同じ時期に京都が舞台の時間SFがもう一本公開されたが、出てくる京都人が全員粗雑な東京弁。それだけでいやになる。だが、一秒先の皇一なら言うだろう。あそこは洛外、京都やおへん。

1秒先の彼
2023
監督:山下敦弘
出演:岡田将生、清原果耶、福室莉音、荒川良々、松本妃代、伊勢志摩、片山友希、羽野晶紀、加藤雅也、朝井大智、しみけん、笑福亭笑瓶

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