頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第34回「代官の日常生活 江戸の中間管理職」 (角川ソフィア文庫)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー34

代官の日常生活 江戸の中間管理職 (角川ソフィア文庫) 「代官の日常生活 江戸の中間管理職」
(西沢淳男、角川ソフィア文庫)

 江戸幕府が直接支配した領地、つまり天領はおよそ400万石でした。その支配は51か国(と蝦夷地)に及びました。ほぼ、全国といってよいでしょう。
 天領は明治維新後の呼称で、当時は公領(大名、旗本支配地を私領)または御料と呼ばれていました。
 この公領(天領)を幕府から派遣されて支配したのが、郡代と代官と遠国奉行という役職の幕臣たちです。郡代は、関東、美濃、飛騨、西国におかれました。原則4人ですが、関東に変化があって特定できません。代官もまた移動が大きすぎて断定できませんが、多いときで80人程度、少ないときで40人程度だと思われます。江戸時代初期と幕末とでは大きく異なりますが、寛政の改革以降は比較的安定したようです。
郡代の方が上位で、その違いは支配地域の広さ、格式の高さなどです。遠国奉行は、重要な町に置かれた役職で、基本的に支配地はその町のみになります。
 本書は、そのうち代官について述べたものです。日常生活とありますが、要するに代官という役職を様々な角度から述べたものです。
 章立ては以下のようになっています。
第1章 代官という仕事
第2章 代官から見た幕政改革
第3章 代官の転勤人生
第4章 江戸の代官
第5章 代官たちの危機管理

 代官というと、テレビやドラマでは、ほぼ悪役で登場します。確かに前期にはそうした代官も存在したようです。しかしながら、後期になると飢饉の発生、百姓一揆の頻発など農村が疲弊し、幕藩体制が動揺してきます。代官たちはそうした事態に対処するため農民救済、農村復興に力をつくしました。そのため、神と慕われた代官も存在します。そんな代官を顕彰した碑は、現在でも確認することができます。本書では、そうした仁政・頌徳碑、生祠を序章において3頁にわたって表にして掲載しています。
 代官には世襲と任命の2つがありました。幕末の江川太郎左衛門で有名な江川家は、伊豆韮山の世襲代官です。
 代官は旗本から任命されますが、勘定奉行配下ですので、だいたいが勘定所内部の異動、昇任であったようです。役料は150俵、焼火間詰め。その後、勘定吟味役、二丸留守居、納戸頭まで出世する人もあったようですが、極めつけは、役高50俵の大奥進物取次上番という御家人お抱え席から勘定奉行にまでなった小野左大夫一吉でしょう。本書第1章で詳しく紹介しています。

 代官は公領(天領)を直接支配しますので、現代の行政に例えると現場事務官ということになります。そのため、幕府の行政改革と無縁ではありません。第2章では幕政改革との関係で変遷する代官たちについて述べられています。
 本書では幕府体制を現在の霞ヶ関の行政機構との比較で述べていますが、世襲代官を除いて転勤は必須でした。平均で2.54か所ですが、平岡彦兵衛良寛は、家禄200石、9回も転勤し、代官の在任は足掛け54年にも及びます。
最も在任期間の長い代官は、辻六郎左衛門富守という人物で、なんと56年にわたります。生涯のほとんどを代官として農民支配に当たりました。出羽国尾花沢陣屋での徳政を記念して碑があるようです。
ただ、代官の権限は大きくありません。つどつど、勘定所にお伺いを立てて決めていたようで、現代でも出先機関の権限が大きくないのは、こうしたことに由来しているのでしょうか。
 ちなみに、代官に任じられて陣屋まで赴任する際は70人を超える行列で、ちょっとした大名行列だったようです。下位の旗本としては、一世一代の晴れ舞台といったところでしょうか。第3章で詳しく述べられています。  代官は現地赴任が原則ですが、関東に支配地を持つ代官は、拝領屋敷を改造した江戸役所または馬喰町旧郡代屋敷で執務しました。また、東北や信越地方に任地を持つ代官は、下僚を陣屋に常駐させて、自分は検見のときだけ数週間陣屋に滞在する代官もいたようです。地方勤務を好まなかったようで、なんと半数の代官が江戸に居たようです。
 そうした江戸在住の代官について述べているのが第四章です。
代官は、例外はありますが、およそ5万石~10万石程度の御料を支配しました。ちょっとした大名並ですね。しかしながら、代官の下僚は、当初手代と呼ばれるお抱えの士分しかいませんでした。代官が現地で直接雇用するという形です。従って、現地事情に詳しい農民から急遽採用(士分取り立て)ということもあったようです。本書では、「現地採用の嘱託」と表現しています。
寛政の改革で御家人から代官の下僚に任命されたのが手付です。その創設に関わるのが、当時勘定奉行であった柳生久通ですが、その経緯は、本書第5章「代官たちの危機」で詳しく述べられています。
 江戸の代官については、その実態はあまり知られていませんでしたが、本書のおかげで、かなり明らかになりました。多くの情報を含んだ本書を代官に興味のある方に強くお勧めします。

 代官を描いた小説は、江川太郎左衛門を主人公にした作品くらいでしょうか。
 テレビ、ドラマの悪代官像を一刀両断する痛快な代官を描いた作品を読みたいと思うのは、私だけでしょうか。

 

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