シネコラム

第598回 ロストケア

飯島一次の『映画に溺れて』

第598回 ロストケア

令和五年四月(2023)
新宿 テアトル新宿

 

 医学の進歩により、人は長生きできるようになった。出生率は下がり、日本は高齢化社会となる。健康で長生きできれば、それに越したことはないが、老いて認知症になったり 、病気で寝たきりになりながらも、人は生き続ける。それを介護する人手は少ない。
 長野県の小さな町。訪問介護センターで働く斯波は優秀で親切な介護士である。独り暮らしの老人たちの家を回り、優しく接し、親身に世話をする。老人たちから慕われ、その家族からは感謝され、同僚からは頼りにされている。だが、若いのに白髪なのだ。おしゃれで白く染めているわけではなく、年配の同僚が言うには、過去になにか相当な苦労をして、髪が真っ白になってしまったらしい。
 一方、大友秀美は父と離婚した母に大事に育てられ、有能な女性検事として出世するが、老齢の母は認知症が進んで介護施設に入所しており、老父とは音信不通である。
 斯波と大友を結ぶ事件が発生する。独り暮らしの老人が死亡し、その家で階段から転げ落ちて介護センター長が死んでいた。センター長は酒癖が悪く借金を抱えており、センターの合鍵を使って独り暮らしの老人宅に忍び込み、窃盗を続けていた疑惑が浮かび上がる 。老人は薬物で殺害されていた。
 大友の調べで、この訪問介護センターに登録していた老人たちが三年間で四十人以上死亡していたことがわかる。他の同様の施設に比べると異常に死亡率が高い。薬物で老人が殺害された夜、監視カメラに斯波が自動車を運転し、老人宅に向かっていたことが確認される。そして、四十件の老人の死亡日時はすべて斯波の休日の前夜であった。追い詰められた斯波は犯行を認め、告白する。すべて自分がやりましたと。
 だが、それは殺人というよりも救いであると。認知症で寝たきりの老人を救い、老人のために生活に苦しむ家族をも救ったのだと。事件はニュースとなり、マスコミに大きく取り上げられ、斯波は連続大量殺人犯として死刑になるだろう。彼の最初の殺人に至る経緯も描かれる。彼は殺人鬼なのか、救世主なのか。多くの老人や家族が苦しむ真の原因とは 。

ロストケア
2023
監督:前田哲
出演:松山ケンイチ、長澤まさみ、鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、峯村リエ、加藤菜津、岩谷健司、井上肇、綾戸智恵、梶原善、藤田弓子、柄本明

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