シネコラム

第594回 ザ・フラッシュ

飯島一次の『映画に溺れて』

第594回 ザ・フラッシュ

令和五年六月(2023)
日本橋 TOHOシネマズ日本橋

 

 H・G・ウェルズの新神経促進剤は人の動きを超高速にする薬品で、飲んだ人間は動きが速すぎて着ている衣服が摩擦で焼けてしまう。ギヨーム・アポリネールのオノレ・シュブラックは物質を通り抜ける能力があるため、いつでも全裸になれる格好をしている。ともに十九世紀末に活躍した作家の小説であるが、DCコミックのヒーロー映画『ザ・フラッシュ』を観ていて、若い頃に読んだこのふたつの短編を即座に思い出した。
 ザ・フラッシュことバリー・アレンはハイスクール時代に化学実験室で雷に打たれ、同時に様々な薬品を浴びたことで特殊能力を得て、超高速で移動し、物質を通り抜ける。普段はゴッサムシティ警察の科学捜査官であるが、大きな犯罪や事故が発生するとザ・フラッシュに変身して現場で人々の救出を行う。ただし、空腹だと充分に能力が発揮できない。
 幼い頃、母が強盗に殺害され、買い物から帰宅した父が犯人として逮捕され投獄された過去がある。超スピードで時空を超える能力を持つバリーは母を救うために過去への移動を思いつき、実行するが、その後の世界が変わってしまう。ハイスクール時代に移り、両親の無事を確認したバリーは、お調子者で軽薄な若い自分自身に出会い、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を例にとって時間移動を説明する。なんと、歴史が変わったために主役マーティをマイケル・J・フォックスではなくエリック・ストルツが演じていたのだ。
 この歪んだ過去で、ふたりのバリーは宇宙から地球征服に襲来したゾッド将軍の軍団に遭遇する。本来ならスーパーマンが活躍するはずなのに、スーパーマンもクラーク・ケントも存在しない。ふたりのバリーはようやくブルース・ウェインを探し当てるが、とっくにバットマンを廃業して隠遁生活を送っている。ブルースを説得し、ロシアに幽閉されているスーパーガールを見つけ出し、四人でゾッド将軍と戦うことになるのだが。
 現代のバリーと語り合うバットマンはベン・アフレック、過去で出会うブルースはあの人。あ、あの人も。まるで『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ではないか。

ザ・フラッシュ/The Flash
2023 アメリカ/公開2023
監督:アンディ・ムスキエティ
出演:エズラ・ミラー、マイケル・キートン、サッシャ・カジェ、マイケル・シャノン、ロン・リビングストン、マリベル・ベルドゥ、キアシー・クレモンズ、アンチュ・トラウェ、ベン・アフレック、ジェレミー・アイアンズ、ガル・ガドット

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