シネコラム

第593回 人生とんぼ返り

飯島一次の『映画に溺れて』

第593回 人生とんぼ返り

平成十五年五月(2003)
池袋 新文芸坐

 

 昔のフィルムはセルロイドであったため、燃えやすく、映写機の高熱のライトで加熱して火事になることもあったそうだ。実は私、一度だけ、映画館でフィルムが燃えるのに出会ったことがある。上映されていたのが森繁久弥主演の『人生とんぼ返り』、映画館は池袋の新文芸坐で、一時中断、火事にもならずしばらくして再開され、ほっとした。
 背景となるのが大正時代の大衆演劇界。沢田正二郎主演『国定忠治』の殺陣を担当した殺陣師市川段平が主人公である。段平の女房が山田五十鈴、娘が左幸子、沢正こと沢田正二郎が河津清三郎。
 大阪の弁天座。役者頭取の段平は髪結いの女房に甘えて、好きな芝居にのめり込んでいる。が、まったくだらしなく、いい加減な男。これが、新国劇の国定忠治の殺陣を引き受ける。元歌舞伎の下っ端役者なので、立ち回りが型通りで臭く、沢正の気に入らない。
 酔って道頓堀で喧嘩をしたら、そこへ沢正が通りかかって無頼どもを見事に蹴散らす。これを見た段平、リアルな殺陣を思いつき、沢正の舞台は大成功。
 新国劇は東京公演に乗り出すが、これがさっぱり受けず、段平は病気がちの女房を置いて、東京の沢正を追い、ようやく剣劇は大成功を収める。その後、地方を回るうち、段平の女房は悪化して、沢正は段平に女房の元へ帰るように説得するが、用済みと誤解した段平は怒って飛び出す。入れ違いに一座に届く女房が死んだという電報。
 数年後の昭和初年、段平は京都の氷屋の二階で寝たきりの暮らし。南座で沢正が中気の忠治をリアルに演じるが、それを見た段平は違うと叫ぶ。
 段平の殺陣を待つ沢正が舞台を中断し、客に詫びる場面があるのだが、驚いたことに、そこでスクリーンがめらめらと白くなって中断。映写機の加熱でフィルムが焼けたのは後にも先にも初めての経験だった。これが作品本編での劇の中断場面と重なって妙に印象に残ったのだ。

人生とんぼ返り
1955
監督:マキノ雅弘
出演:森繁久弥、山田五十鈴、左幸子、河津清三郎、水島道太郎、森健二、本郷秀雄、沢村国太郎

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