シネコラム

第589回 南の島に雪が降る

飯島一次の『映画に溺れて』

第589回 南の島に雪が降る

平成十四年十一月(2002)
池袋 新文芸坐

 

 古書店で加東大介の著書『南の島に雪が降る』を見つけて、読んだのは一九八〇年代半ばである。加東大介といえば、黒澤明監督の『七人の侍』をはじめ、数々の映画に出ている名優で、戦前は前進座の役者であり、山中貞雄監督の『人情紙風船』にも市川莚司の名で出演している。
『南の島に雪が降る』は加東が戦地で実際に体験した実録ものであり、出版された後、TVドラマとなり、舞台劇となり、映画化されたのだ。子供の頃、TVで放送されたのをおぼろげに記憶している。TVドラマであったのか、舞台中継であったのか、はっきりしないが、映画ではなかったような気がする。
 加東大介は戦時中、ニューギニアの戦地に送られ、看護兵をしていた。芸人出身の兵士が彼を見て、莚司さんですね。と声をかける。
 上官の大尉が演劇評論家の杉山誠であったため、上層部を説得し、戦意高揚を目的に芸のできる兵士を集めて演劇班を作り、上演することになる。
 戦局が悪化し、兵士たちはマラリヤでばたばたと命を失う。
 食糧も乏しいジャングルでの演劇公演。玄人は少ないが、力を合わせて衣裳も鬘も道具類も本格的なものを用意し、ついには劇場も建てて、常打ちの公演を行う。
 今にも死にそうな兵士たちが、芝居を見たさに、なんとか頑張って劇場に集まってくるのだ。長谷川伸の股旅もので舞台には雪を降らせ、東北出身の兵士たちは内地を思い涙を流す。
 極限状態でも、豊かな芸術は人の心に糧を与える。この舞台を見た兵士たちのうち、日本に生還できた者は少なかった。主人公を演じたのが、加東大介本人で、当時の素晴らしい名優たちが脇を固めている。

南の島に雪が降る
1961
監督:久松静児
出演:加東大介、伴淳三郎、有島一郎、佐原健二、西村晃、渥美清、桂小金治、上田忠好、織田政雄、志村喬、細川俊夫、田武謙三、三木のり平、三橋達也、森繁久彌、小林桂樹、フランキー堺

←飯島一次の『映画に溺れて』へもどる