シネコラム

第590回 旅役者

飯島一次の『映画に溺れて』

第590回 旅役者

平成十一年五月(1999)
千石 三百人劇場

 

 演劇好きだった若い頃、都営地下鉄千石駅前にあった三百人劇場で、劇団昴の公演を何度か観た。客席数が三百なので、三百人劇場という。忘れられないのはダニエル・キイス原作の『アルジャーノンに花束を』を菊池准が戯曲化した舞台。チャーリーを演じた牛山茂の素晴らしい熱演に感動したのを今でも覚えている。
 他に『フォローミー』の原作、ピーター・シェーファーの『他人の目』もこの劇場の劇団昴公演で観た。
 いつしか演劇よりも映画の貸し小屋のようになり、珍しい特集上映も何本か観た。
 一九九九年に上映された成瀬巳喜男監督の戦前の作品『旅役者』が色褪せていなくて、楽しめた。田舎回りの一座で座長の名が六代目菊五郎。尾上ではなく、中村菊五郎というから、もちろん胡散臭い。これを高勢実乗が執拗なくらいに臭く演じている。人力車で町を回る場面でも、傲慢そうな馬面で澄ましている。舞台での出し物が塩原多助。農夫の役なので泥臭い田舎言葉を糞真面目に歌舞伎風にしゃべって笑わせる。
 馬を演じるのが藤原鶏太、後の藤原釜足。馬の足の名人で、後足を五年、前足を十年やっているベテラン。後足二年の新米柳谷寛に馬役の苦労を説き、飲み屋の女に馬の足がどんなに凄い芸かをえんえんと自慢する。
 この張りぼて馬を酔っぱらいの床屋が壊して、村の提灯屋が修繕したが顔が狐のようになってしまい、出演できなくなる。困った座長は馬の足役者を使わず、農家の本物の馬を借りて舞台に引っ張り出し、これが結構うまくいくので、馬の足役者は用済みの悲劇となる。宇井無愁の小説『きつね馬』を原作とした懐かしい風俗劇である。
 三百人劇場では演劇よりも映画上映が増え、沢島忠特集、宮川一夫特集、『ボッカチオ70』などをここで観た。残念ながら老朽化により二〇〇六年末に閉館した。私が最後に観たのが時代劇『家光と彦左と一心太助』と『暴れん坊兄弟』の二本立てであった。

旅役者
1940
監督:成瀬巳喜男
出演:出演:藤原鶏太、柳谷寛、高勢実乗、清川荘司、御橋公、深見泰三、中村是好、山根寿子、清川玉枝、伊勢杉子

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