シネコラム

第524回 シャーロック・ホームズ 緋色の爪

飯島一次の『映画に溺れて』

第524回 シャーロック・ホームズ 緋色の爪

平成二十四年八月(2012)
渋谷 シネマヴェーラ

 

 アーサー・コナン・ドイルのホームズ物語は大ベストセラーとなり、ウィリアム・ジレットの舞台劇をはじめ、映画となりTVとなり、数多くの俳優がシャーロック・ホームズを演じた。
 私の世代でもっとも印象に残るのは英国グラナダテレビのホームズシリーズに主演したジェレミー・ブレットで、コナン・ドイルの原作六十作のうち四十一作品がかなり忠実に描かれており、ブレットはまるでシドニー・パジェットの挿絵から抜け出したホームズそのものだった。すべてTVドラマなので、映画館でブレットのホームズを観ることはできない。ただし、コナン・ドイルと同時代の劇作家バーナード・ショーの『ピグマリオン』がブロードウェイミュージカル『マイ・フェア・レディ』となり映画化されたとき、その中でイライザに恋する青年貴族フレディを演じているのがブレットなのだ。フレディが歌う「君住む街」の歌声はヘプバーン同様に吹替ではあるが。
 そして、舞台のジレット、TVのブレットと並ぶ戦前戦中のアメリカでもっとも有名なホームズ俳優がベイジル・ラスボーンである。一九四一年十二月の日米開戦でラスボーンのホームズ映画はわが国では公開されなかったが、別の主演作、フランケンシュタイン男爵の息子を演じた『フランケンシュタインの復活』は戦前の一九四〇年に日本でも公開されている。共演は怪物のボリス・カーロフイゴールベラ・ルゴシという二大怪奇俳優。映画史上、ホームズとフランケンシュタインを両方演じているのは、他にピーター・カッシングジーン・ワイルダーが思い浮かぶ。
 さて、『緋色の爪』はカナダの地方が舞台。現地の心霊学会に出席したホームズとワトスンが遭遇する事件。被害者が怪物の爪のようなもので首を掻き切られるという連続殺人。魔獣の伝説はバスカヴィル家の犬を思わせる。
 事件終了後、ホームズは英連邦の一員であるカナダと英国との強い絆について、取ってつけたようにワトスンに語る。当時は第二次大戦の最中であったのだ。

 

シャーロック・ホームズ 緋色の爪/The Scarlet Claw
1944 アメリカ/未公開
監督:ロイ・ウィリアム・ニール
出演:ベイジル・ラスボーン、ナイジェル・ブルース、ジェラルド・ハーメル、ポール・キャヴァナー、アーサー・ホール、マイルズ・マンダー、ケイ・ハーディング