書名『足利の血脈』
著者 秋山香乃 荒山 徹 川越宗一 木下昌輝 鈴木英治 早見 俊 谷津矢車
発売 PHP研究所
発行年月日 2021年1月7日
定価 ¥1700E
古河(こが)公方(くぼう)誕生から喜連川藩(きつれがわはん)誕生までの名族関東足利氏の歴史を描いた歴史小説である。栃木県さくら市の企画協力を得て、鈴木英治らの7人の操觚の会所属の作家による書下ろし短編7作品連作の集合体である。
【第一話 嘉吉の狐 ――古河公方誕生 /早見 俊】
永享(えいきょう)の乱(関東公方4代足利持氏(あしかがもちうじ)が将軍職を望み、室町幕府に対して起こした反乱)の2年後の永享12年(1440)3月、北関東国衆の支援を受けた持氏の次男春王丸、三男安王丸が結城城によって反旗を翻すも敗れ、兄弟は斬首された。結城(ゆうき)合戦である。本編の主人公は、一人残された持氏の遺児の万寿王丸(後の古河公方足利成氏(しげうじ))。嘉吉元年(1441)6月24日、6代将軍足利義教(よしのり)は赤松満佑(あかまつまんゆう)邸にて弑逆される (嘉吉(かきつ)の乱)が、万寿王丸は忍び千古(せんこ)の不二丸(ふじまる)と共謀して義教を謀殺したとする展開である。後日、鎌倉公方府が再興されるや、万寿王丸こと成氏は公方として鎌倉に入るが、やがて、享徳4年(1455) 成氏は鎌倉を放棄し、本拠地を下総古河に移し、「古河公方」と呼ばれる。
【第二話 清き流れの源へ ――堀越公方(ほりごえくぼう)滅亡 /川越宗一】
長禄2年(1458) 8代将軍義政は鎌倉公方府の内紛に乗じて、古河公方足利成氏を掣肘するために、兄政知を関東に送り込むも、政知は鎌倉に入れず、「堀越公方」が誕生。これにより、古河と堀越に関東公方が並立するという異常事態が発生したことになる。
堀越公方の政知は正室竹子の産んだ次男、三男を溺愛、側室の産んだ庶長子の茶々丸を廃嫡し、次男潤童子を後継とした。本編の主人公はこの茶々丸である。延徳3年(1491) 政知が死するや茶々丸は竹子と潤童子を殺害し、堀越公方を名乗る。
この跡目争いの内紛につけ込んだのが伊勢盛時(北条(ほうじょう)早雲(そううん))で、明応2年(1493)9月、早雲は堀越公方茶々丸を堀越御所に襲い、伊豆平定の足掛かりをつかむ。
【第三話 天の定め ――国府台(こうのだい)合戦 /鈴木英治】
古河公方4代足利晴氏(あしかがはるうじ)が主人公。舞台は天文7年(1538)の国府台合戦。関東に二つの公方家は要らぬと公言し、小弓公方を名乗る足利義明が、房州の里見義堯と手を組み、国府台に陣取る。圧倒的に不利な晴氏は北条氏綱(ほうじょううじつな)(早雲の子)に加勢を頼むが、その見返りに氏綱の娘の薫姫(氏康の妹、芳春院)を正室とすることを約せられる。堀越公方を討って後40年余りで、伊豆から相模、武蔵へ勢力を伸ばしてきた北条家だが、国府台合戦の勝利を機に、「足利家御一家」となった氏綱は足利の名を借り、労せずして、下総一帯を支配下に。
やがて、薫姫が梅千代王丸(のちの義氏)を産む。氏綱は北条家の諜報活動を担う風魔一族に、薫姫、梅千代王丸の警護を命じる。
古河公方家の家督簒奪をはかる北条氏綱と、どのみち、この先も古河公方家の家督争いは延々と繰り返されるだろうと嘆息する晴氏が好対照に描かれている。
【第四話 宿縁 ――河越夜合戦 / 荒山 徹】
本編も晴氏が主人公。国府台合戦から8年、河越夜合戦(1545~1546)。関東管領職をめぐって久しく宿敵の間柄にあった山内・扇谷の両上杉家は旭日天に昇るかのごとく躍進する北条に対抗するために和解。両上杉と利害が合致する晴氏は、義兄北条氏康(ほうじょううじやす)(氏綱の子)の中立要請を拒否し、公然と北条に敵対する道を選ぶが、敗れる。扇谷上杉朝定は死して、扇谷上杉家は滅亡。関東管領山内上杉憲政は上野国平井に敗走。晴氏は下総の国に遁走。室町秩序(室町幕府の関東統治体制)は完全に瓦解したのだ。一方、河越城を守り抜き、ほぼ武蔵国一国を領有することとなった氏康は天文21年(1552)晴氏を軟禁し、北条の血を引く梅千代王丸(のちの義氏(よしうじ))を五代目の公方とする。
【第五話 螺旋の龍 ――足利義輝弑逆 /木下昌輝】
主人公は千古の不二丸。古河公方の忍びで「さくら一族」の頭領。さくら一族は喜連川の地を本貫地として、忍びの術で、関東公方(古河公方)を陰で支え、付き従ってきた一族である。
永禄4年(1561)、関東管領長尾景虎(ながおかげとら)(のちの上杉謙信(うえすぎけんしん))は晴氏の長子・藤氏(ふじうじ)を擁して関東に進出、10万の軍勢で北条氏の本城・小田原を包囲する。景虎は藤氏こそ正統な古河公方であるとし、義氏の継承を認めなかったのである。藤氏は義氏と家督争いに敗れた異母兄の幸千代王丸のこと。やがて、景虎は越後に戻る。上杉という後ろ盾を失った藤氏は安房の里見家を頼り、公方復帰を目指す。
この時代、さくらの一族の忍びは風魔の配下に甘んじている。北条家の忍び・風魔(ふうま)の小太郎(こたろう)は不二丸に、足利藤氏を殺せ。それが無理なら13代将軍義輝を殺せと迫る。
永禄8年(1565)永禄の変。その陰に、もうひとつのさくら一族である陰(かげ)桜(さくら)の活躍があった。本編には、曲直瀬道三や松永久秀も登場する。
【第六話 大禍時 ――織田信長謀殺 / 秋山香乃】
主人公は北条家の傀儡当主・義氏。5代古河公方の義氏はその最期の公方である。北条の血が流れる古河公方足利義氏は北条の握る大義名分そのもの。義氏の名を前面に押し出し、関東支配を進めてきた北条家4代当主北条氏政(ほうじょううじまさ)(氏康の次男)の前に、室町将軍家に代わる新たな天下人、信長が現れた。天正8年(1580)3月、氏政は徳川家康を通じて信長に誼を通じ織田家への服属の形をとる。北条は5代にわたり数十年かけて手に仕掛けた関東の覇権を、信長に臣従することで失う。早雲庵宗瑞以来、誰にも従属したことがなかった北条氏。どれほど無念であったことか。そもそも、足利尊氏を始祖とする室町幕府は武家の本拠地とされる鎌倉に幕府を開けず、東国統治を担う出先機関として関東公方府を置いた。関東公方足利氏は室町公方(将軍)の命を受けた関東公方府の長であった。
元亀4年(1573)7月、室町15代将軍義昭も京を追われ、幕府自体瓦解したも同然の昨今、もはや公方の機能も夢の残滓となり果てた。
本編はさくらの忍びによる信長謀殺の話。義氏はさくらの忍び、信長殺害の命を下すが、やがて、本能寺の変を知る。信長の死は北条家、義氏の運命をも変える。
【第七話 凪の世 ――喜連川藩誕生/ 谷津矢車】
主人公は喜連川頼氏(きつれがわよりうじ) 。小弓公方2代義明の孫である。天正18年(1590)北条征伐の後、関白秀吉が関東足利家相続に関与。古河公方の家督継承者・氏姫(義氏の子)と小弓公方家の頼氏を縁組させて、頼氏に喜連川に3千石程度の知行を与え、喜連川家を興させた。
慶長5年(1600)関ヶ原の戦い。東軍西軍いずれにもつかなかった喜連川家は存亡の危機に。が、頼氏は家康から喜連川の地を安堵される。「喜連川は足利の名族、徳川家臣ではなく客分とする」として、10万石の大名並みの格式を与えられる。頼氏は処罰されるどころか加増されている。それは何故か。本編はその謎に迫っている。
室町後半期の政治支配の仕組み、さらには足利将軍、関東公方(鎌倉公方)、関東管領の微妙な関係が生み出す複雑極まる展開を、作家自身の独特の筆致でそれぞれに活写しつつ、あたかも一人の作家が描いているかのように関連付け、ストーリーを展開させるには驚かされる。奇しくも、古河公方も北条氏も5代。加えるに、関東足利家の栄枯盛衰に、北条家が深くかかわっていたことを小説で愉しむことができる。
快作である。
(令和3年1月20日 雨宮由希夫 記)