森川雅美・詩

明治一五一年 第13回

森川雅美『明治一五一年』

失われた足を失われた眼が覗いている
静まり返った光の内側を過っていく
人があり呼ばれる掌のくぼみは
いまだに終わらない繰り返される末後
の風景だから人知れずに躓く
明治の四十五年の死んだ人の影たちを踏み
そばからまた始まるいくつかの
記憶をちがう記憶につなげるために
失われた踝を失われた指が撫ぜている
複数に吹いているかすかな低い呻き
が漂いうすい人の影たちは聳え
大正の十五年の死んだ人の影たちを踏み
積み重ねる声のうろへとだれかが囁く
場所から零れだす水辺を孕む
ならば刹那の温みを誰かの倒れた痕
の暗がりから解き放つ手触りの
失われた踵を失われた土が触れている
昭和の六十四年の死んだ人の影たちを踏み
いつまでも届かない掌の片側の
膨らみが違う意識の深奥に彷徨うと
放たれたそばから流れ落ちる知られぬ
悲しみであるから静かに注ぐ
埋葬すらできないさざ波は幾重も
平成の三十一年の死んだ人の影たち踏み
連なり朽ちることもないまま掠め
失われた指を失われた空が舐めている
長く会えない名前をいくつもの足が
踏みつづけ地の下の脈拍は弱り
消える背中の果てに覆われ沈みいく
令和の死んでいく人の影たち踏み
小さな種子の中心にまで根差す
感触の切り口として爪弾かれる裸形
がいまも口開くならば柔らかな
失われた爪に失われた血が膿んでいる

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