第335回 陰獣
平成七年六月(1995)
池袋 文芸坐2
昭和初期の雰囲気が漂う東京で、探偵小説家が自ら探偵役となって事件に迫る。原作は江戸川乱歩である。
寒川光一郎は売り出し中の探偵小説家。これがふとしたことで財界の大物、小山田六郎の夫人静子と知り合う。彼女は美人で、しかも寒川の愛読者だという。
作家としてはうれしい状況である。彼女は寒川にある相談をもちかける。今、猟奇小説で売り出している大江春泥という作家から脅迫まがいの手紙を受け取り困っているというのだ。
静子は女学校時代に春泥と交際していた過去があり、彼女のほうから別れたので、春泥はそれを根に持って脅しているとのこと。が、春泥の今の居場所はわからない。
探偵小説と猟奇小説では作風は違うが、大江春泥は寒川光一郎のライバルである。寒川は春泥の脅迫状に興味を持ち、事件にかかわることになる。
春泥は覆面作家で、編集者にもその素性はよく知られていない。そうこうするうちに脅迫状通り、静子の夫が変死する。
寒川はわずかな手がかりから春泥の足取りを追う。物語は二転三転するが、ミステリーのあらすじをこれ以上語ることは禁物である。
ただひとつ言えるのは、この事件そのものが猟奇作家大江春泥と探偵作家寒川光一郎の現実世界での推理対決であることだ。
江戸川乱歩といえば、子供の頃の私はTVの『少年探偵団』しか知らず、児童向きの作家だと思っていたが、エドガー・アラン・ポーをもじったペンネームからわかるように暗くて妖しい作風は決して子供向きではなく、エロチックでさえあったのだ。
陰獣
1977
監督:加藤泰
出演:あおい輝彦、香山美子、大友柳太朗、川津祐介、中山仁、仲谷昇、野際陽子、田口久美、加賀まりこ、尾藤イサオ、若山富三郎