第299回 御手洗薫の愛と死
平成二十五年十一月(2013)
銀座 東映試写室
私は映画ばかり観て暮らしているが、実のところ、本業は小説を書いている。売れてないけど。だから、小説家が主人公の映画は特に気になる。
吉行和子が主演の『御手洗薫の愛と死』は小説家の実力と名声についての物語である。
著名な女流作家、御手洗薫。若い頃に恋愛小説で売り出し、推理作家として名声を確立。今では文壇の大御所。彼女がある夜、自分で運転する車で女性をはねてしまう。その息子が示談のために家を訪れる。
被害者の息子は売れない新人作家で、某出版社の新人賞を受賞したが、本を一冊出しただけ。それが売れず次の仕事もなく、ぱっとしない。
彼は訪れた大作家の机の上の書きかけの原稿を見て言う。示談に応じ事故のことは公表しないから、そのかわり、そこにある先生の原稿をぼくにくれませんか。
大作家の生原稿がほしいのかと思ったら、そうではない。それが完成したら、ぼくの名前で出版したい。驚く御手洗薫。が、ついに応じることに。
かくして、ベテラン御手洗薫が新人作家のゴーストライターとなるのだ。無名新人の名前で書くことで、スランプだった御手洗はどんどん着想が沸いてきて、面白い作品を書き上げる。これが若い新人作家の名前で売り出され、御手洗自身の推しもあって大好評。新人はにわかに売れっ子となる。
自分で書いてもいないのに、もてはやされ、次回作の注文がきて、今度は自分で書こうとするのだが、御手洗薫先生の力量には及びもしない。そこで……。
吉行和子と新人作家役松岡充のせりふのやりとり、演技のぶつかりあいは舞台劇のよう。編集長の益岡徹と元秘書の松重豊も味わい深い。