シネコラム

第298回 9人の翻訳家

第298回 9人の翻訳家

令和元年十二月(2019)
青山 ギャガ試写室


 本が売れない時代になった。売れるのはごく一部のベストセラーのみ。となると、大手出版社は必ず売れる本だけを出そうとする。出版はビジネスなのだ。
 世界的なベストセラー小説『デダリュス』完結編の出版権を手に入れたアングストローム社は世界同時発売を宣言する。この本が世に出れば、巨万の富がアングストローム社に流れ込む。
 世界九か国からパリに集まった翻訳家たち。英語、ロシア語、イタリア語、ドイツ語、デンマーク語、スペイン語、中国語、ポルトガル語ギリシャ語。残念ながら日本語の翻訳家はいない。
 彼らは郊外にある豪華な屋敷に案内され、携帯電話や自分のパソコンは取り上げられて、二か月の間、地下シェルターに閉じ込められ、外部との接触を断つ。快適とはいえないまでも、プールもあり、豪華な食事、それに貴重な書物の並ぶ図書室も。とはいえ、彼らを監視する警備員は見るからに暴力団の用心棒風。
 社長のアングストロームは原稿のすべては見せず、翻訳は小出しで一日に二十ページのみ。そんな中で事件が起きるのだ。社長に届いたメール。
 五百万ユーロを支払え。払わなければ『デダリュス』完結編を出版前にインターネットで無料公開する。
 厳密に保管された原稿。犯人は九人の翻訳家のうちのだれか。あるいは……。
 ミステリーなので、これ以上のあらすじを語ると、二転三転する物語を味わう楽しみを奪うことになる。
 この物語の背後に潜むテーマ。芸術としての文学と、ビジネスとしての出版の対立。このバランスがうまく保たれていると幸福なのだが、いったん崩れると。


9人の翻訳家/Les traducteurs
2019 フランス・ベルギー/公開2020
監督:レジス・ロワンサル
出演:ランベール・ウィルソンオルガ・キュリレンコリッカルド・スカマルチョ、シセ・バベット・クヌッセン、エドゥアルド・ノリエガ、アレックス・ロウザー、アンナ・マリア・シュトルム、フレデリック・チョウ、マリア・レイチ、マノリス・マブロマタキス、サラ・ジロドー、パトリック・ボーショー

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