シネコラム

第96回 ゴッド・ブレス・アメリカ

第96回 ゴッド・ブレス・アメリカ

平成二十四年八月(2012)
渋谷 シネマライズ

 

 主人公フランク。温厚で善良な中年男だが、妻と離婚し、ひとり暮らし。不快な隣人の大音響のTVで、ストレスと睡眠不足。長年勤めた会社を突然解雇され、偏頭痛がするので医者に行くと、脳腫瘍で余命わずかと宣告される。踏んだり蹴ったりの人生にけりをつけよう。拳銃を手に入れ、自殺をはかろうとして、何気なくTVの垂れ流し番組が目に入る。金持ちのわがまま女子高生が偉そうに人を見下し言いたい放題。それをまた視聴者が喜んで持ち上げる。許せないな。
 彼は隣人の自動車を盗んで、わがまま女の学校まで行き、下校時にこれを射殺して逃亡。モーテルで今度こそ自殺しようとすると、そこへひとりの少女が訪ねてくる。彼女は学園の最低女が殺されるのを見て溜飲をさげ、彼のあとをつけてきたのだ。
 自分を殺すより、もっと死に値する連中がいっぱいいるでしょ。
 そこで中年フランクと少女ロキシーの『ボニーとクライド』を思わせる殺人の旅が始まるのだ。映画館で大声で私語を交すマナーの悪い若者グループを射殺したのを皮切りに、横柄で礼儀知らずで愚劣で迷惑な連中を片っ端から地獄送り。そもそもアメリカ社会にバカが我が物顔でのさばるようになった元凶は、TVの低俗なバラエティ番組のせいだ。頭の悪い司会者が偉そうに暴言を吐き、社会的弱者やマイノリティを笑いものにする。あんなもの、ユーモアでもなんでもない。軽薄なバラエティ番組に出て大金を稼いでいる劣悪な芸なし芸人を国民の多くが尊敬し憧れる始末。世の中、ますます不愉快で図々しい連中が溢れかえる。ああ、いやだ、いやだ。
 高性能マシンガンを手にいれたフランクは生放送のスタジオに乗り込む。ゲスな番組を作っているやつら、喜んで見ているやつらを血祭りにあげれば、腐ったアメリカも少しは住みよくなるんだが。いやあ、なんとも過激なコメディである。
 余命いくばくもない主人公が無礼な人間、不快な人間たちを次々に殺していくというのは、私の好きなジャック・リッチーの短編集『クライムマシン』(晶文社)の中の「歳はいくつだ」と同じ趣向である。ひょっとして原作なのかな。

 

ゴッド・ブレス・アメリカ/God Bless America
2011 アメリカ/公開2012
監督:ボブキャット・ゴールドスウェイト
出演:ジョエル・マーレイ、タラ・ライン・バー、マッケンジー・ブルーク・スミス