シネコラム

第95回 神風

第95回 神風

平成二年十月(1990)
三鷹 三鷹オスカー

 

 初めて映画を観た人たちは驚いたそうだ。リュミエール兄弟の駅に到着する汽車の映像。こちらに向かってどんどん走ってくるのだから。
カイロの紫のバラ』や『ラスト・アクション・ヒーロー』や『今夜、ロマンス劇場で』は、まさに映画の主人公がスクリーンから飛び出してきて楽しい。あの『リング』の貞子だけは出てきてほしくないとは思うが。
 飛び出さないまでも、科学技術の進歩はバーチャルリアリティで立体映像を体験したり、家庭にいながらTV番組に参加することも可能にしてくれる。
 三鷹オスカーのリシャール・ボーランジェ特集で観たフランス映画『神風』は衝撃的なSFだった。
 天才科学者が、電器メーカーに雇われて才能を浪費している。家電製品の開発など、彼にとってはあまりにつまらない仕事なのだ。そして、突然、解雇される。孤独な初老の科学者は、行き場のない怒りを腹の中にためこむ。
 家にこもって、仕方なくTVを観るのだが、あまりにくだらない番組。とうとう怒りが爆発して、彼は自宅を研究室にし、憑かれたように何かを作り始める。
 ある日、TVの生放送でニュースを読んでいるアナウンサーが突然、番組の途中で急死する。原因はわからず、なにかで撃たれたような傷がある。その日から、次々と生放送中の出演者が死亡する事件が続いて、刑事が乗り出し、やがて不遇の天才科学者に行きつくのだ。
 彼の発明はTVに出演している人物を、家にいながら射殺する装置だった。毎日垂れ流される幼稚で低俗で不愉快な番組、その出演者に怒りを覚えるたびに、彼は画面に向かって引き金を引いていた。
 昔、水木しげるの漫画で、TV画面の中のものを取り出す能力のある子供の話があって、子供心に羨ましいと思った記憶がある。
 それにしても、いったいどうして、このフランス映画のタイトルが『神風』なのだろう。

 

神風/Kamikaze
1986 フランス/公開1989
監督:ディディエ・グルッセ
出演:ミシェル・ガラブリュ、リシャール・ボーランジェ