頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー48
「中国の海商と海賊 (世界史リブレット 63) 」(松浦章、山川出版社)
環日本海文化、環シナ海文化という言葉があります。地図でいうと日本海、東・南シナ海を真ん中にして周辺の国々の文化的な関わりを探ろうとするものですが、それは同時に日本で言えば、京都を中心とする史観への相対化ということにもなるかと思います。
地政学という言葉もずいぶん一般化しました。周囲を海に囲まれた日本の地理的な条件、中国、ロシア、北朝鮮という核を保有(するであろう)国々に囲まれている特異性は、地政学に対して大いに興味惹かれるところでもあります。
そうしたなか、過去の日本と中国の関係を探ろうとするとき、中国史研究の側からも陸地を中心した史観ではなく、海を中心とした歴史=海洋史と呼ぶべき新たな分野が提起されています。
本書はそうした中国の海洋史を海商と海賊といういわばコインの表裏から見た概説書というべきものです。
本書の構成は以下の通りです。
中国海洋史研究のあゆみ
中国海船をめぐる諸問題
唐宋元時代の海商と海賊
明代の海商と海賊
清代以降の海商と海賊
まず序章で、中国海洋史研究のあゆみを簡単に述べています。
最近は、経済活動の観点から王朝の盛衰を中心とした歴史ではなく、地域史研究へと発展しているようです。その地域史と照らし合わせながら、本書の目的として「海商」について見ていくこととしています。
「海商」とは、海船による海上での貿易、輸送など海上の経済活動の中心を担った商人のことです。本書では中国商人のことをそう呼んでいますが、海商という言葉が一般化したのは、唐時代以降のようです。
我が国の中国との関係でいうと、卑弥呼や倭の五王、聖徳太子の遣隋使などがすぐに思い浮かびますが、本書ではそのことについては触れていません。それは単純に史料の制限や発掘調査の限界でもありますが、おそらく海商として活躍するのが、唐代以降ということも関係していることでしょう。
ちなみにその当時の船はどのような形、大きさだったのでしょうか。
1974年8月に発見された「泉州湾宋代海船」と呼ばれる遠洋航行用木造帆船は、全長約34メートルで、およそ400トンの船だったといいます。
また、有名な「新安船」(1976年韓国南西部沖で発見)は、元時代の船で、全長同じく34メートル、約200トン級の3本マストの遠洋航海用帆船であるようです。
元時代ですので、こうした船で元軍は日本に押し寄せたのでしょうか。本書でも触れていますが、南宋から降伏した海商が先導していたかもしれません。
さらに、1974年末に広州で発掘調査された秦漢時代の造船所跡では、全長20メートルほど、25トン~30トン程度の帆船が建造されていたといいます。
秦の時代といえば、すぐに徐福伝説が思い浮かびますが、徐福は3000人ほどを引き連れて日本へ来たといわれています。3000人が乗るためには、いったい何艘必要なのでしょうか、興味のあるところです。
今後、調査発掘がさらに進めば、卑弥呼や倭の五王、聖徳太子の遣隋使などが、具体的にどのような船で日本と中国を往来していたのかが明らかになるのかもしれません。
閑話休題ーー。
海商に話を戻しますと、宋の時代になると海商の名前と出身地が『高麗史』という史料に残されています。それを見ると、福建の泉州、浙江の明州(寧波)や台州(現在の浙江省や福建省)の海商が目につくようです。
特に北宋が金によって滅ぼされ、臨安に南宋が建国されてからの海商の動きは活発になったようです。それまでは、隋の煬帝によって築かれた運河による輸送が中心でしたが、金と南宋という南北の分断が、南宋における海上貿易、輸送を盛んにしたと思われます。と同時に海賊の動きも活発化し、『宋史』には、そうした海賊の記述と併せて、南宋末から元初にかけて活躍した浦寿庚という名の海商を紹介しています。
元という国は、北の草原から起こりましたが、中国を統一すると海上交易にも力を入れました。それにより、陸だけでなく南海貿易がさらに栄えることとなります。
元末から明初というと前期倭寇の時代ですが、この頃の倭寇には、朱元璋と対峙した張士誠や方国珍及びその残党と結んで沿海地区を攻略したものもいたようです。
後期倭寇は、有名な王直など中国人が中心だったようですが、そうした海賊たちの実態についても本書は触れています。
こうした実態が明らかになるにつれ「倭寇」という言葉に違和感を覚えます。日本側の史料には無く、外国側から見た言葉でもあります。そろそろ見直しをしても良い頃ではないでしょうか。
最近は直木賞作家の川越宗一さん始め同じく直木賞作家の今村翔吾さんなど若手作家が、海洋冒険小説を手がけています。魅力的な作品も多いと聞いています。この場でご紹介したいのですが、時間の関係で全く読めていません。陳舜臣さんなど古い作家の作品を紹介するのも気が引けますので、今回は紹介無しということにさせていただきます。