頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第1回「火付盗賊改」(中公新書)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー1


 本作の副題は「鬼と呼ばれた江戸の『特別捜査官』」となっています。
 鬼と火付盗賊改とくれば、「鬼平犯科帳」(池波正太郎)で有名な長谷川平蔵ですが、ばかりでなく、本作は江戸時代を通じて火付盗賊改に任じられた人物を扱っています。
 火盗がどういうものか、改めては述べませんが、作者は該博な知識と豊富な史料や資料から歴代の火付盗賊改の長官を描き出していますが、その人物像の何と魅力的なことでしょう。

 本作で取り上げられている主な長官は、安部式部、中山勘解由、徳山五兵衛、長谷川平蔵、松平左金吾、森山源五郎等々です。治安を守るために活躍し、長官として名を上げ、喝采を浴びた人もいれば、当然そうでない人もいます。しかしながら作者は、長官として失敗した人もなぜ失敗したのか、失敗せざるを得なかったのかを含めて誠実に描いています。
他にも長官が捕らえた大盗日本左衛門、真刀徳次郎など長官に劣らず魅力的な盗賊たちが、火付盗賊改、略して「火盗」との対決を通して興味深く描かれています。火盗がいかにして大盗を捕らえたか、小説とは異なりますが、両者の行き詰まる対決が描かれていて興味深いです。思わず「これ、小説に書きたいなあ」と叫んでしまいそうなくらいです。

本作を読んで感じたことは、火盗と江戸町奉行の関係です。なんだか、ドラマや映画で描かれる現代の警察と公安のような関係を想像してしまいました。実際はどうだったのでしょうか。

ネタバレになりますので、内容には触れませんが、最後に、どうしても矢部彦五郎(駿河守定謙)について一言。
この人は天保の改革に際し、江戸町奉行に任じられますが、わずか八か月で罷免されてしまいます。後に在職時の働きを咎められて罪を得ますが、納得せず、絶食して自ら死を選ぶほどの剛直な性格の人でもありました。どうしてそうなったのか、本書では詳しく描かれています。
ところで、なぜ火付盗賊改というタイトルの作品で、江戸町奉行について触れているかというと、矢部彦五郎は、実は177代目(巻末付録より)の火盗の長官でもあったのです。そして、火盗でも実績をあげていました。

作者は、火盗の長官ベスト3に、中山勘解由、長谷川平蔵、そして矢部彦五郎をあげています。火盗を経験して、後に江戸町奉行に任じられたのは、矢部一人だけではないでしょうか。これだけでも十分興味深い人物ですが、火盗の後、堺奉行、大阪町奉行も歴任しています。そこでも作者は魅力的なエピソードを紹介しているのですが、特に大阪町奉行在任時には大塩平八郎とも会っているのです。二人はどのような会話を交わしたのでしょうか。思わず、こんな素敵な人を小説で読んでみたいなあ、と思ってしまいました。わたしが知る限りでは、中村彰彦氏の「天保暴れ奉行」

天保暴れ奉行  気骨の幕臣 矢部定謙

天保暴れ奉行 気骨の幕臣 矢部定謙

 

 のみです。

なお、作者の高橋義夫氏は、「狼奉行」で第106回直木賞を受賞した作家です。参考までに「狼奉行」は

狼奉行

狼奉行

 

 を参照。

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