シネコラム

第659回 沈黙

飯島一次の『映画に溺れて』

第659回 沈黙

昭和四十六年十一月(1971)
大阪 千日前 東宝敷島

 

 江戸時代の初期、幕府はキリスト教を禁じた。外国人宣教師は国外へ追放され、改宗しない日本人信者は残酷な刑罰で処刑。そんな鎖国下、マカオから長崎にイエズス会の司祭がふたり上陸する。ポルトガル人のロドリゴとガルペ。日本で布教中の宣教師フェレイラが棄教したとの噂がローマに伝えられ、それを確かめるための密入国だった。
 隠れ切支丹の村でふたりは歓迎を受けるが、長崎奉行所の追及は厳しく、ふたりを案内した船頭キチジローの密告によって捕縛される。ガルペは水責めの切支丹に駆け寄り溺死し、ロドリゴは幕府の宗門改役井上筑後守によって改宗を迫られる。宣教師を処刑するより棄教させたほうが、隠れ切支丹たちを改宗させるのに効果的なのだ。
 やがて、ロドリゴの前に信仰を棄て、沢野忠庵と改名したフェレイラが現れ、棄教を勧める。この国にはキリスト教は根付かない。改宗した証として踏み絵を踏んだ信者は拷問されずに救われる。キリストが今、ここにいれば、人々を救うために棄教するだろうと。
 逆さ吊りの拷問や、地面に体を埋めて頭だけ地上に出し、そこを馬で疾駆して蹄で頭を潰す残酷シーンは忘れられない。ロドリゴをキリストになぞらえているので、密告によって銀を得たキチジローはユダであろう。
 主演のデヴィッド・ランプソンは無名の新人で影が薄かったが、キチジローのマコ岩松はハリウッドで『砲艦サンパブロ』の中国人役など東洋人をたくさん演じている。井上筑後守が岡田英次、通詞が戸浦六宏、改宗する武家の妻女が岩下志麻、娼婦が三田佳子、そして、フェレイラ役を丹波哲郎が演じた異色時代劇である。
 下総高岡藩一万石の大名となった井上筑後守政重の下屋敷は江戸の小日向にあり、切支丹屋敷と呼ばれ、今も切支丹坂の名を残している。
 高校生の私は映画を観たあと、さっそく遠藤周作の原作小説を買って読んだ。まだ文庫化されておらず、新潮社の書き下ろし純文学シリーズという箱入りの一冊だった。

沈黙
1971
監督:篠田正浩
出演:デヴィッド・ランプソン、マコ岩松、ダン・ケニー、丹波哲郎、岡田英次、岩下志麻、加藤嘉、戸浦六宏、三田佳子、滝田裕介、入川保則、松橋登、毛利菊枝、永井智雄、稲葉義男、松本克平、島田順司、殿山泰司

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