第627回 ロスト・キング 500年越しの運命
令和五年七月(2023)六本木 アスミックエース試写室
リチャード三世といえば、醜悪な外見と卑劣で残虐な心を持ち、兄王の死後、塔に幽閉された甥を殺して王位を簒奪する悪逆非道の人物として、シェイクスピアの史劇に描かれている。歴史書では、フランスから攻め寄せたヘンリー・テューダーの軍勢と戦い、家臣の裏切りで王でありながら戦死している。死体は晒しものにされ川に投げ込まれたと伝えられ、リチャード三世の極悪ぶりはヘンリー七世となったテューダーの時代に広められた。シェイクスピアが活躍したのはヘンリー七世の孫、エリザベス女王の治世である。
現代、スコットランドのエジンバラに住むフィリッパ・ラングレーは離婚して働きながら二人の息子を育てている。ある日、息子といっしょに劇場でシェイクスピアの『リチャード三世』を観劇する。劇中のリチャードは背骨が曲がり、足が不自由だった。
筋痛性脳脊髄炎の持病を持つフィリッパは身体をねじりながら演じるリチャード三世に同情し、それ以後、庭先や街角でリチャード三世の幻影に出会う。そして、リチャード三世に関する歴史書を購入し、その真実に迫る。史実のリチャードはシェイクスピアが描いたような醜い悪人ではなかった。死体が川に投げ捨てられたというのも後世の悪評で、王として教会の墓地に葬られているはずだ。
フィリッパは教会があったとされるイングランドのレスターに行き、失われた教会の跡地を調査する。市議会に働きかけ、レスター大学に調査を依頼し、リチャード三世協会の協力で資金を集める。発掘の結果、古い遺体が発見され、背中が曲がっており頭部に刃物の傷跡も確認され、現存するリチャード三世の子孫とDNAが一致した。この映画はリチャード三世を悪人とは思わず、その遺体を発見した女性の実話が元になっているのだ。
ジョセフィン・テイの歴史ミステリ『時の娘』でも、リチャード三世が悪人でなかったことが有能な警部によって実証される。舞台劇が名作として広まったことで事実に反して悪人にされた有名人、実はわが国にもひとりいた。『仮名手本忠臣蔵』で高師直になぞられ、卑劣な悪人の烙印を押された元禄赤穂事件の被害者、吉良上野介義央である。
ロスト・キング 500年越しの運命/The Lost King
2022 イギリス/公開2023
監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:サリー・ホーキンス、スティーヴ・クーガン、ハリー・ロイド、マーク・アディ、リー・イングルビー、アマンダ・アビントン