シネコラム

第603回 生きる LIVING

飯島一次の『映画に溺れて』

第603回 生きる LIVING

令和五年四月(2023)
渋谷 TOHOシネマズ渋谷

 

 だれもが絶賛する映画史上の名作をリメイクするのは無謀ともいえる。それが黒澤明作品ならなおさらで、西部劇『荒野の七人』は成功している稀有な例だが、惨憺たる黒澤の焼き直しはいくつもある。ところで、時代劇ではなく現代劇の最高峰である『生きる』がリメイクされると知り、心配していたが、イギリス映画として蘇った『生きる LIVING』は文句なしに見事な出来栄えだった。
 一九五二年の原作をほぼ同時代の一九五三年の英国に置き換え、いきなりあの当時のロンドンの町並みが記録映像で映し出される。そして当時のままの人物たちで物語が始まり 、画面はワイドスクリーンではなく一九五〇年代のスタンダードサイズという心憎い演出 。
 郊外の駅で列車を待つ人々、男性は全員、髪型は短髪で刈り上げ、スーツに帽子、女性たちもまた当時のヘアスタイルと服装。役所のオフィス、家庭の食卓、カフェやレストラン、汽車や自動車、隅々まで完璧な一九五〇年代の再現。映画はこうでなくてはならない 。
 演じる俳優はビル・ナイをはじめ、みな芸達者だが、二十一世紀風の著名な現代スターはひとりも出ていないので、すんなりと一九五〇年代に入り込める。まるであの時代に作られた映画をそのまま観ているような気分に浸れるのだ。
 もちろん、ストーリーは黒澤監督の『生きる』そのままであり、半年の余命を知った役所の市民課長が住民からの汚水の苦情に対処する物語で、日英どちらの文化にも詳しいカズオ・イシグロの脚色があの時代と英国社会の色合いを巧みに表現している。
 主演のビル・ナイは志村喬よりもはるかにジェントルマンだが、それがまた、この映画の品格を高めており、ブランコの場面も原作通り。歌はゴンドラの歌ではなくスコットランド民謡である。ビル・ナイ、いい声なのだ。黒澤作品の最高のリメイクが一本増えた。
 一九五〇年代の設定なのに、あり得ない長髪の若い男たちがぞろぞろ出てきて、薄っぺらな二十一世紀の言語をちゃらちゃらとしゃべる下劣で醜悪なTVドラマの垂れ流しにうんざりしている人たちに、この時代考証の素晴らしさをぜひ味わってもらいたい。

生きる LIVING/Living
2022 イギリス/公開2023
監督:オリヴァー・ハーマナス
出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク、エイ ドリアン・ローリンズ、ヒューバート・バートン、オリヴァー・クリス

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