シネコラム

第592回 残菊物語

飯島一次の『映画に溺れて』

第592回 残菊物語

平成十一年十月(1999)
武蔵小金井 小金井福祉会館

 

 かつては地域の公民館や図書館など公共施設で十六ミリフィルムによる古い名作映画の無料上映会が頻繁に行われていた。小金井市は我が家から遠いが、散歩の途中、たまたま路上でポスターを見て、名作『残菊物語』の上映があることを知った。開映三十分前に到着すると、定員五十名の座席がほぼ満員に近かった。公共施設の固い折りたたみ椅子に座り、約二時間半の上映時間が全然苦にならなかった。それほど面白い作品だったのだ。
 時代は明治。五代目菊五郎の養子の尾上菊之助が主人公。演じるのは花柳章太郎。名門の跡取りで、若旦那、若旦那とちやほやされるも、芸はまずい。面と向かっては誰もけなさないが、陰口は聞こえる。下女奉公のお徳が聞かれて正直に芸が不出来であると答える。それでかえって嬉しくなって菊之助は芸に励むが、いつしか二人の仲を噂する者が出て、何もやましいこともないのに、噂だけでお徳は職を失う。
 菊之助はお徳に秘かに会いに行くが、これもまた養父の怒りに触れる。そこでぷいと家出して大阪の舞台に出る。そこへお徳が訪ねて来て、ふたりはようやく夫婦となる。が、頼りにしていた座頭が急死し、旅回りに出なければならない。そこで御難に遇い、途方に暮れている時、親しかった中村福助が名古屋まで興行に来ていることを知る。
 菊之助は苦労したおかげで芸が上達している。あとは機会だけだと、お徳は意を決して福助に会いに行く。そこで福助が自分の代わりに菊之助を舞台に出してやり、芸を認められ、東京への帰参がかなう。が、お徳は名門の御曹司に傷が付くのを恐れて身を引く。
 やがて、養父菊五郎にも許され、菊之助は売り出すが、一方、お徳は大阪で病の床についていた。大阪興行に来た菊之助はお徳に会い、菊五郎が許してくれたと告げるが、船乗り込みの声を聞きながら、お徳は息絶える。
 実在の菊之助は五代目の隠し子とも伝えられるが、大成せず、若死にしたらしい。

残菊物語
1939
監督:溝口健二
出演:出演:花柳章太郎、森赫子、高田浩吉、伏見信子、梅村蓉子

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