第591回 鶴八鶴次郎
平成四年十一月(1992)早稲田 ACTミニシアター
男女の仲はちょっとした行き違いで取り返しのつかないことになりかねないという話。川口松太郎原作の『鶴八鶴次郎』は何度も映画化TVドラマ化されていて、私は一九八三年の東京宝塚劇場の山田五十鈴公演も観たが、戦前の映画は山田五十鈴が二十過ぎ、長谷川一夫が三十、年齢が役柄にぴったり合っていて、ごく自然で、無理がない。
三味線の鶴八と新内の鶴次郎は、名人会の舞台で息の合ったところを見せ、若いのに将来を約束された芸人コンビで、鶴八は先代鶴八の娘、鶴次郎は先代の弟子である。ところが楽屋に入ると、芸の上でお互い妥協せず、いつも喧嘩が絶えない。実は二人は心の底では好き合っているのだが、口に出せず、かえって意地を張ってしまう。
興行師や番頭によって仲直りした二人は、お互いの気持ちがわかり、とうとう一緒になる約束をして、寄席を持つところまで行く。ところが、その資金を鶴八が大店の主人松崎から借りたことを知り、意地になった鶴次郎は鶴八と喧嘩別れしてしまう。鶴八はあらぬことを疑われた腹いせに本当に松崎と結婚してしまい、鶴次郎は場末の寄席をまわって酒びたりの毎日を送る。
興行師竹野と番頭が見兼ねて、また名人会に二人を共演させる。これが好評で今度は帝劇から出演依頼が来るが、その矢先、楽屋でまた鶴次郎は鶴八の三味線に注文をつけ、喧嘩を始めてしまう。おかげで帝劇の出演の話は消える。
ラストシーンは居酒屋。最初の場面で一滴も酒が飲めず、番頭をあんみつ屋に誘ったほどの鶴次郎が今では大酒飲みになっている。鶴八と会えばすぐに喧嘩を始める鶴次郎に番頭はあきれるが、実は鶴次郎が鶴八に喧嘩を売ったのは本心ではなく、舞台の魅力を思い出した鶴八が再び芸人にならないようにとの心遣いであった。彼は落ちぶれて、売れない芸人がどんなに惨めか骨身にしみている。芸人のいい時期は一時のことで、大商人の妻になっている惚れた女にそんな思いを味あわせたくなかったのだとわかる。
山田、長谷川の会話が終始気持ちよく、番頭の藤原釜足がいい味わい。
鶴八鶴次郎
1938
監督:成瀬巳喜男
出演:長谷川一夫、山田五十鈴、藤原釜足、大川平八郎、三島雅夫、横山運平、中村健峯、柳谷寛、山形凡平、福地悟朗