シネコラム

第585回 ある役者達の風景

第585回 ある役者達の風景

令和五年五月(2023)
阿佐ヶ谷 モルク阿佐ヶ谷

 

 自分のことで恐縮ではあるが、大阪の大学で四年間、演劇を勉強し、卒業後に上京、一九八〇年代は演劇を映画よりもたくさん観ていた。大劇場の商業演劇から、新劇、歌舞伎、演芸、そしてアングラ系の小劇場演劇。黒テントや自由劇場やシェイクスピアシタターが大好きだった。結婚してからは観劇料金の高い舞台から足が遠のき、もっぱら映画館にばかり通うようになり、三十数年が過ぎた。
 たまたまモルク阿佐ヶ谷に話題のドキュメンタリー映画を観に行ったら、そこで『ある役者達の風景』という映画の予告編があり、これが面白そうで、ちょうど私が観たドキュメンタリーの次に入れ替えで上映されることがわかった。偶然とはいえ、この機会を逃すべきではない。チケットを購入し、駅前でコーヒーを飲んで、映画館に戻る。大きな会場ではないが、けっこう客席が埋まっていた。
 映画は二〇二〇年三月の喫茶店の風景から始まる。大谷亮介を中心に俳優たちが次の公演について話し合っている。大谷、草野とおる、モロ師岡、マギー、俳優たちがみんな実名で俳優を演じているので、まるでドキュメンタリーのようでもある。コロナの流行が始まった頃で、仕事が軒並み中止となってみんな困っているのだ。公演用に劇場は押さえてあるが、結局ほとんどの俳優が抜けて、大谷と草野のふたりだけ。そこで中西良太に声をかけ、三人で演劇の公演を行う。読劇、毒劇、独劇の意味を持たせたドクゲキ『病葉と三匹の騾馬』の稽古は密を避けるために河原で行う。が、距離を二メートル以上開けるとか、マスクをしたまませりふを言うとか、当時のリアルな状況がコミカルに描かれる。
 せっかく開いた初日だったが、照明の熱でビニールカバーが焼け落ちたり、緊急事態宣言で翌日から劇場が閉鎖になったり、芝居のあとに役者たちが行く酒場が寂れていたり。この映画はコロナ下の演劇人の貴重な記録にもなるだろう。
 若い頃、小劇場の舞台で観た人たちがたくさん出演していて、特に東京壱組が好きだったので、映画の中の大谷亮介座長を観られてうれしかった。

ある役者達の風景
2022
監督:沖正人
出演:大谷亮介、草野とおる、中西良太、小野武彦、勝村政信、キムラ緑子、篠井英介、不破万作、マギー、モロ師岡、山田まりや、余貴美子、六角精児、渡辺哲


←飯島一次の『映画に溺れて』へもどる

 

PHP Code Snippets Powered By : XYZScripts.com