シネコラム

第666回 死に花

飯島一次の『映画に溺れて』

第666回 死に花

平成十六年五月(2004)
新宿 新宿スカラ3

 

 草笛光子主演の『九十歳。何がめでたい』を観て、二十年前の映画『死に花』を思い出した。だれでもみんな歳をとる。どういう老後を過ごすのが幸せだろうか。老化を悲観せず、前向きにとらえた赤瀬川原平の『老人力』がベストセラーになったのが『死に花』の数年前、私も四十代で読んでいる。医学の進歩はめざましく、二十世紀末からすでに日本は高齢化社会なのだ。『死に花』は老人パワーのコメディである。主演ではないが森繁久彌の最後の映画出演作品でもあり、映画公開時、森繁は九十一歳だった。
 舞台は高級老人ホーム。入居している老人たちが、亡くなった同居仲間の遺志をついで、銀行強盗を実行するという荒唐無稽な設定である。
 老人役はみんな芸達者な俳優で、それだけで楽しい。強盗を実行するリーダーが山崎努。標的の銀行の元支店長で仲間に加わるのが宇津井健。他に女好きの青島幸男。ほら吹きの谷啓。自分の葬儀で生前に用意したビデオ映像を流す藤岡琢也。山崎努と恋仲になる年配の美人が松原智恵子。老人ホームと縁のないホームレスの長門勇。
 地下にトンネルを掘って、銀行の金庫に侵入するのはシャーロック・ホームズの昔からよくあるアイディア。厚い壁をくりぬくウォータージェット。地中の防空壕の発見で束の間感慨にふける戦時体験者の老人たち。
 もちろん、すんなりとはいかない。実行犯たちに心臓の持病があったり、認知症の症状が出たり、突然の台風で銀行のビルが傾き水浸しになったり。だからこそ、前向きな老人たちを応援したくなる。
『死に花』のメインキャストは大半が故人となっているが、高齢で演技力のあるベテランを集めて映画を作るというアイディアは悪くない。ただ長生きしているだけで、偉そうにふんぞり返っている芸のない老害スターは避けるべき。有名無名を問わず、味のある高齢の名優は、草笛光子以外にもまだまだいくらでも存命のはずだから。

死に花
2004
監督:犬童一心
出演:山崎努、宇津井健、青島幸男、谷啓、長門勇、藤岡琢也、松原智恵子、森繁久弥、星野真里、加藤治子、小林亜星、吉村実子、白川和子、岩松了、土屋久美子、ミッキー・カーチス、高橋昌也

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