頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第57回「扇谷上杉氏と太田道灌(岩田選書「地域の中世」1)」(岩田書院)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー57

扇谷上杉氏と太田道灌 (岩田選書「地域の中世」 1) 「扇谷上杉氏と太田道灌(岩田選書「地域の中世」1)」(黒田基樹、岩田書院)

 本書は専門書です。以下のⅡ部構成となっています。
 Ⅰ 扇谷上杉氏の発展と展開
 Ⅱ 太田道灌をめぐる領主たち
 著者は太田道灌研究の第一人者で、題名にかかる過去の論文を集めたものですが、そのうちⅠについては、著者が『北区史通史篇中世』で執筆したものです。

 今回は本書のレビューというよりも本書を読んで、わたしが考えた以下の3つのことについての考察となります。
 興味を持っていただけましたら、本書及び最後に紹介する関連書等をお読みいただければ幸いです。
 1つめは、山吹の歌で有名な〈太田道灌〉とはどのような人物だったのか。2つめは、主家の山内上杉顕定に逆らい太田道灌と戦った〈長尾景春〉はどのような人物だったのか。3つめは家臣であり、自身の家宰(「執事」、「家務(職)」とも)でもあった道灌を謀殺した〈扇谷上杉定正〉とはどのような人物だったのか。
 まず太田道灌ですが、謀殺されたのが文明18(1486)年で、そのとき55歳ですので、永享4年(1432)生まれとなるようです。
 道灌が史料に初めて登場するのは、康正2年(1456)で23歳の時になります。生まれたところは、鎌倉扇谷上杉氏の邸内太田家の屋敷と思われますが、領地の越生の太田屋敷という説も有るようです。
 道灌は足利学校で学んだという説も有りますが、基本は鎌倉五山とくに建長寺で学んだことが基礎になっていると思われます。五山は禅宗(臨済宗)の寺院ですが、儒学についても教えていました。
 関東管領上杉氏の惣領家は山内上杉氏で、この頃の当主は上杉憲実でした。憲実は足利学校を再興したことでも有名ですが、その目的は儒学の振興でした。
 儒教とは、古代中国の孔子に始まる学問で、その基本は忠と孝です。憲実は、関東の動乱は、倫理の乱れであり、動乱を収めるには、儒教をもとに倫理を正そうと考えたのではないかと思われます。
 そんな儒教を子どもの頃から学んでいた道灌は、逸話でも知られるとおり確かに自身たのむところの強い人だと思われますが、父太田道真や主人扇谷上杉定正に刃を向ける人物とは思われません。
 それに対して長尾景春は、主人山内上杉顕定に反旗を翻します。これを長尾景春の乱といいますが、動機は祖父、父と受け継がれてきた山内上杉氏の家宰になれなかったことです。
 しかしながら、5年ほど続いたこの乱は、ほとんどが太田道灌との戦いにことごとく打ち負けて景春は没落してしまいます。最後は、宿敵であるはずの古河公方足利成氏に降って、その旗下の武将となってしまうのです。
 長尾景春を、戦国下剋上の先駆けと評価する向きもありますが、謀反の動機、戦い方等みても単なる謀反の域を出ていないのではないでしょうか。
 太田道灌は、確かに戦上手でした。戦国の世では、戦に強いということは大きな魅力です。そんな家臣を殺してしまうのですから、扇谷上杉定正を愚かな人物と評する気持ちもよく分かります。殺されるとき「当方滅亡」と叫んだという逸話もそのことを証しているように思われてなりません。
 では、定正は本当に愚かな人物だったのでしょうか。道灌亡き後の定正は、本家筋の山内上杉顕定と争い(「長享の乱」といいます。)、相模国、武蔵国南部を領国化して扇谷上杉氏の戦国大名化をはたしています。
 戦に強い家臣、しかも主人を軽んずる風がある。家臣に叛かれた上杉顕定。定正としては、いつ自分がそうなってもおかしくないと思ったのではないでしょうか。道灌が景春にダブって見えたかもしれません。
 また、定正は自分が愚かではないと自覚していたと思われます。顕定を見ていて、自分の方が能力は上だと思ったかも知れません。顕定は越後上杉家から山内上杉家に入った養子でした。なぜ、そんな人物に仕えなければならないのか。
 そんな顕定と事を構えるとき、おそらく道灌は、筋論(儒教の論理)から必死になって止めるでしょうし、もしかしたら顕定側に立って自分と戦うかも知れません。
 仮に道灌がいなくても顕定には勝てるし、古河公方とは和睦が成立し、顕定を敵とする景春は古河公方のもとにいます。
 そうした諸々の打算のもとに道灌を謀殺したとしてもおかしくないのではないでしょうか。
 以上のことを考え合わせる、関東の下剋上の先駆けは、長尾景春ではなく上杉定正といえるのかもしれません。
 本書及び以下の書籍を読んで、ひととき日本の中世関東の人間模様に思いを馳せてみませんか!

 最後にご紹介する小説は、まさにこの時代を背景とする作品(↓)です。
『百鬼大乱』(真保裕一、講談社)
 なお、長尾景春を主人公とした小説(↓)もあります。
『叛鬼』(伊東潤、コルク(Kindle版)、講談社(単行本))
 また、太田道灌と長尾景春の二人について知りたいと考えたあなたには、下記(↓)の選書はいかがでしょうか。本作と同一の著者です。(ただし、小説ではありません。)
『太田道灌と長尾景春 (中世武士選書43)』(黒田基樹、戎光祥出版)

 

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