シネコラム

第671回 侍タイムスリッパー

飯島一次の『映画に溺れて』

第671回 侍タイムスリッパー

令和六年九月(2024)
府中 TOHOシネマズ府中

 

 私が若い頃は毎日のようにTVで時代劇が放送されていた。人気シリーズは繰り返し作られ、TV局各社が毎週新作を放送し、深夜や昼間の時間帯には再放送もあった。話題の時代小説がドラマ化されることも多く、時代劇の大半は京都の撮影所で作られた。そこには江戸のオープンセットがあり、様々な衣装や鬘や小道具が用意され、年季の入ったスタッフやベテランの脇役、斬られ役、エキストラが揃って、時代劇を盛り上げていた。
 今や激減したTV時代劇。そんな現代の撮影所にひとりの武士が現れる。というのが『侍タイムスリッパー』の設定である。
 幕末の京都、会津藩士の高坂新左衛門は剣の腕を認められ、倒幕派の長州藩士を討つよう命じられ、ついに相手と剣を交える。だが、急な雨で雷鳴と閃光に打たれる。気がつけば、武士や町人が歩く町並み。浪人に絡まれた町娘を助ける美男の剣士。助太刀しようとして罵倒される高坂。そこは現代の京都の撮影所、時代劇の収録現場であったのだ。
 わけがわからぬまま、撮影所内をうろつき、高坂は機材で頭を強打し、気を失う。やがて、親切な寺の住職夫妻や撮影所の助監督の世話で、自分が遥か未来に来てしまったことを悟り、江戸幕府が崩壊したことを嘆き、剣の腕を活かすために、撮影所で斬られ役になることを決意する。
 タイムスリップを題材にした映画は、タイムマシンの他にもいろいろと時間移動の方法はあるが、雷や嵐のような自然現象は天の配剤。幕末の侍である高坂は現代の時代劇に活力を与えるために、二十一世紀の京都の撮影所に蘇ったのかもしれない。そこには、みんなの好きな時代劇を残したいという強い意志が感じられる。
 高坂を演じた山口馬木也は面構え、風格、姿形、まるで本物の武士がそのまま役を演じているかのごとくであり、剣さばきが素晴らしい。そして脇の人たち、寺の住職夫妻、撮影所の助監督や所長、TV時代劇の出演者やスタッフ。これらを演じる俳優がみな実に見事で、さりげない関西弁も自然なのだ。映画愛とともに京都愛の溢れる佳作である。

侍タイムスリッパー
2024
監督:安田淳一
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、庄野﨑謙、紅萬子、福田善晴、井上肇、田村ツトム、安藤彰則、高寺裕司、泉原豊

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