頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第50回「秀吉と海賊大名 -海から見た戦国終焉 」(中公新書)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー50

「秀吉と海賊大名 -海から見た戦国終焉 」(中公新書) 「秀吉と海賊大名 -海から見た戦国終焉 」(藤田達生、中公新書)

「また、海賊か!」
 取り上げるテーマについてそのようにお考えの方もあろうかと思います。
 わたしの興味関心が、どうしてもそれを離れられないのでご容赦いただきたいのですが、日本で「海賊」というとき、その言葉からイメージされるものが大きく3つあるようです。
 一つは、船を襲って力尽くで物を奪う者たち。西欧のバイキングに代表されるイメージですね。アニメ『ワンピース』や映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』などもそのイメージかと思います。パイレーツ=海賊というイメージですね。
 二つ目は、「倭寇」にイメージされる極東のパイレーツ。
 いずれも、略奪を伴いときの朝廷に敵視される点では似ていますが、この二つとは異なるのが日本の「海賊」です。その違いとして本書では、
 (1)海の関所の管理者
 (2)海上の軍隊(=水軍)
 以上の2つをあげています。
 本書では、この3つめの「海賊」について述べているものです。
 瀬戸内の海賊というと村上氏が名高いですが、彼らが主人と仰いだのが、鎌倉時代以降伊予国の守護だった河野氏です。
 いわば海賊大名とでも呼ぶべき河野氏ですが、その滅亡は、戦国時代の終焉、中世から近世への転換の必然でもあったようです。
 全体として、信長から秀吉への権力の交代はありましたが、秀吉の一貫した瀬戸内海賊の再編、そのための毛利氏(小早川隆景)の活用、九州平定後その小早川隆景の九州移転に伴う河野氏の滅亡、その後秀吉直臣の瀬戸内支配による変質について述べられています。
 中世的な土地の領主権(一所懸命)を否定し、天下人が土地を預けるという近世的な知行制原則の導入がその背景にあるようです。
 本書の構成は以下の通りです。

 プロローグ
 第1章 瀬戸内海賊世界
 第2章 秀吉の調略
 第3章 海賊大名の消長
 第4章 戦国終焉
 第5章 海賊たちの就職戦争
 エピローグ

 ということで、瀬戸内世界の再編過程について紹介したいのですが、本書ではその前段階、つまり瀬戸内世界がときの権力者信長の目に入ってくる頃の権力の二重構造について述べられているところが斬新で、私もそこのところに大いに興味を持ちましたので、今回はそこのところを紹介したいと思います。
 海賊の消長に興味のある方は、ぜひ本書をお読みいただけたらと思います。
 さて、室町幕府の滅亡は、一般的には、元亀4年(天正元年)の足利義昭の京都追放をもって終わることとされています。
 しかしながら、著者はこの時代区分に異議を唱えます。なぜなら、この年で足利義昭の征夷大将軍職は終わっていないからです。
 よく知られているように、室町時代中後期の将軍は、「流れ公方」と呼ばれて各地に身を寄せていました。足利義稙、足利義晴、足利義輝みなそうです。そして、大名の力を借りて京都に戻ってきます。
 従って、足利義昭が京を離れた(追放された)からといって、室町幕府が滅んだことにはならないわけです。室町幕府とは、足利義満の花の御所があったところから、その地名をとってそう呼ばれているだけで、歴代の室町の政庁以外で執務した将軍は何人もいます。
 足利義晴や義輝も今日を離れて(追われて)近江国朽木谷で政治を行っていました。また、14代将軍の足利義維は、京に入れず、堺で政治を行い「堺幕府」とも呼ばれています。
 結果として、足利義昭はその後京都に返り咲くことはありませんでしたが、足利義昭のもとには奉公衆、奉行衆が従っており、鞆の地に落ち着いたときは、毛利輝元の力を借りたとはいえ「鞆幕府」とでもいうべき状態にあったのです。
 状態として足利義維の幕府との違いは、それほど大きくありません。
 よって、「従来の天正元年幕府滅亡説の誤りは明白である」と著者は断定します。
 併せて、織田信長は天正3年に右近衛大将(常置の最高武官)に就任します。それ以降は御内書を発給し、官位叙任や知行宛行などをおこなうなど、実質的な将軍(=武家の棟梁)として振る舞っていると著者はいいます。
 そのため、信長も「安土幕府」と呼ぶべき状態に有り、「鞆幕府」との2重構造にあったというのが著者の主張です。
「安土幕府」について述べた著作が、著者にはあるようですので、詳しくは当該著書を読んでから、改めてご紹介しますが、わたしにとっては、興味深く、かつ魅力的な説でした。
 確かに「幕下」あるいは「柳営」は、近衛大将の唐名として定着しますが、「幕府」とは征夷大将軍の幕営を指す言葉であり、鎌倉幕府の開設は、源頼朝が征夷大将軍に任じられてからであり、「安土幕府」という呼称には抵抗があるかもしれません。
 実態として信長は、ほぼ天下人同然ですので、当時の政治状況を把握するには、魅力ある説のように私には思えるのですが、みなさんはいかがでしょうか。

 さて今回は、瀬戸内海賊の名将村上武吉を主人公とした作品で秀吉との対比で描かれた、ズバリ題名も「秀吉と武吉 ―目を上げれば海」 (城山三郎、新潮文庫)をご紹介します。
 文庫版で1990年改版とありますので、少し古い作品ですが、背景はまさに本書と重なります。(私も若い頃夢中でで呼んだ作品です。)

 

←「頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー」へ戻る