頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第46回「室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界」 (新潮文庫)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー46

「室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界」 (新潮文庫) 「室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界」
(清水克行、新潮文庫)

 コロナ禍が収束し、インバウンド人気が戻ってきました。日経新聞によれば、1月17日公表の2023年訪日客の旅行消費額は、計5兆2923億円で過去最高だったそうです。また、同年の訪日客数は2506万人でコロナ禍前の2019年の8割まで回復したそうです。
 外国人から見た日本の魅力は、豊富な食の種類、伝統と近代の調和、日本人の親切さそして何よりも治安の良さではないでしょうか。
 また、縄文時代が1万年以上続いた理由に争いがなかったことが指摘されていますし、そもそも私たち日本人には、争いを好まない遺伝子が伝わっているともいわれています。
 では、日本人は過去からずっと争いを好まない民族だったのでしょうか。
 いえいえ、室町時代の日本人は、それはそれはハードな時代に生きていたのです。
 本書では、そんな室町時代に生きた武士、農民、僧侶などの荒ぶる生き方を16のお話にまとめています。
 どのようなお話しなのか、概要は以下の通りです。
 第1話 悪口のはなし
     「母開(ははつび)」という悪口から当時の豊穣な罵詈雑言に及ぶお話しです。
     で、「母開」の意味は?
 第2話 山賊・海賊のはなし
     いわゆる山賊・海賊の他に当時近江国堅田にも海賊(湖賊)が居ました。
琵琶湖を舞台とした彼ら「日本版梁山泊」の実態はいかに?
 第3話 職業意識のはなし
     前話に出た堅田の町に住む商工業者たちのお話です。
     その一人「イヲケノ尉(じょう)」(「桶屋のオジサン」ほどの意)は、他にもいくつかの凄まじい顔を持っていました。では、その他の顔とは?
 第4話 ムラのはなし
     琵琶湖の北の菅浦と大浦というムラの150年に渡る抗争のお話しです。
     当然、実力行動(合戦)のみならず、訴訟を含むのですが、その経過、結末はいかに?
 第5話 枡のはなし
     当時は米を年貢として納めますが、計量の基本となる枡が荘園毎に異なります。
     単におおらかだったのか、それとも……。また、なぜ統一されたのか?
 第6話 年号のはなし
     世界で日本にしか残っていない年号のお話しです。
     何と、3つの年号を使い分けた武将もいました。さて当時の年号使用の実態は?
 第7話 人身売買のはなし
     能などの文学作品を通しての人身売買に係るお話しです。
     人身売買の実態とそれを「悲劇」とする発想を得た室町人ですが……。
 第8話 国家のはなし
     当時は政治権力の分裂など現代なら破綻、崩壊した国といって良い状態でした。
     では、世界が一つの国になったら私たちは幸福になるのでしょうか?
このお話しの中で、著者は日本の中世の特質について、
   (1) すべてを当事者の「自力」で解決する自力救済原則
   (2) 神仏に対する呪術的な信仰心の篤さ
   (3) 政治・経済・社会の諸分野における多元的・多層的な実態
の3つをあげています。
 第9話 婚姻のはなし
     「うわなり打ち」という、不倫された女の復讐のお話しです。
     では、「うわなり打ち」とは何でしょうか?
     (題名は忘れましたが、確か司馬遼太郎もある小説で触れていました。)
     ちなみに、源頼朝の北条政子に対する情けない実態も……。
 第10話 人質のはなし
     戦国大名は降伏した武将から人質をとっていました。それを巡るお話しです。
     当然、裏切れば人質は殺さますが、それでも裏切る彼らの価値はどこに……。
 第11話 切腹のはなし
     夫婦喧嘩の末、鎌で切腹を覚悟する狂言の話から当時の切腹についてのお話し。
     生死がかかるだけに当時の壮絶な倫理観が……。
 第12話 落書きのはなし
     当時、寺社への落書きは普通にありました。そんな落書きをめぐるお話し。
     (現在は厳禁です。)
     当然、エロい落書きもあるのですが、さてその内容はというと……。
 第13話 呪いのはなし
     寺社に反抗的な人物の名を書いて、その寺社の僧侶が呪詛するお話しです。
「名を籠める」というこの呪詛は、効果てきめんなのか否か? その価値観は?
 第14話 所有のはなし
     当時、虹の立つところに市を立てる、という風習から所有についてのお話し。
     お月見泥棒の話も紹介されています。さて、当時の所有の観念とは?
 第15話 荘園のはなし
     日本史の教育現場で教えるのが最も難しいといわれる荘園のお話しです。
     では、著者の捉えるその荘園の特徴は?
 第16話 合理主義のはなし
     補陀落渡海(理想郷への船出)と熱湯裁判(湯起請)を巡るお話しです。
     いずれも中世人の信仰に基づくものなのですが、その隆盛が逆に神仏への懐疑の念を抱いてしまったようです。では、なぜ?

以上の16のお話しと余話、さらに著者とヤマザキマリさん(漫画『テルマエ・ロマエ』の作者)との対談も収められています。

 題名通り、今日も室町はハードボイルドな人たちが活躍していることでしょう。では、なぜ室町は、そのような時代だったのでしょうか?
   副題の通り、中央政府(幕府、朝廷)の力が弱く、社会がアナーキーな状態だったことはあったでしょう。ですが、わたしは著者とヤマザキさんとの対話の、
「百姓も商人もみんな刀を差していたわけです。自力救済の世界で、暴力には暴力で対抗するのが当たり前。だからみんな凶暴だし、ハードボイルドな時代だった」
 という言葉が一番しっくりきました。
 銃社会に揺れるアメリカのことを聞くにつけ、改めて自力救済について考えさせられます。

 本書の「第4話 ムラのはなし」で紹介された琵琶湖の北、菅浦と大浦というムラの150年に渡る抗争をモチーフにした小説があります。
第10回松本清張賞を受賞した岩井三四二さんの『月ノ浦惣庄公事置書』です。
同じく、岩井さんの第14回中山義秀文学賞を受賞した『清佑、ただいま在庄』は、「第15話 荘園のはなし」の荘園の代官である僧清佑の活躍を描いた物語です。
 日本の中世を舞台に他にも多くの傑作を発表されている岩井さんですが、その作品はもっと注目されても良いのではないでしょうか。

 

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