シネコラム

第645回 フェノミナン

飯島一次の『映画に溺れて』

第645回 フェノミナン

平成九年四月(1997)
三軒茶屋 三軒茶屋東映

 

 頭のよくなる薬があれば、『リミットレス』の主人公のように富も名声も思うまま。『猿の惑星創世記』ではアルツハイマー治療薬の実験でチンパンジーが優れた知能を持つようになった。が、薬や科学的治療ではなく、突然、ごく普通の凡人が急に賢くなる話がジョン・トラボルタ主演の『フェノミナン』である。
 カリフォルニアの田舎町に住む自動車修理工のジョージ・マレーは犬と暮らす独身男。陽気で善良。三十七歳の誕生日、酒場に集まる仲間たちが盛大に祝ってくれる。その夜、外へ出て空を見上げると、光るものが音をたてて近づき、ジョージは気を失う。
 それから急に頭が冴えて、勝ったことのないチェスであっという間に相手を負かし、眠れなくて大量の本を読破し、教則本を見ただけで外国語を習得し、畑の作物のために新しい肥料とエネルギー装置を開発し、無線から流れる米軍の極秘暗号を読み取り、ついに地震を予知したり、物体を手を使わずに動かせる超人となる。
 短期間に独学で斬新なアイディアを出すジョージ。訪ねてきた地震学者が大学に招聘しようとした矢先、政府の機関が極秘暗号を読み取ったジョージを拘束する。
 周囲の連中は最初は驚いていただけだが、だんだん気味悪がって、宇宙人に洗脳されたエイリアンの手先ではないかと噂するが、ジョージは再び発作で倒れ、脳神経外科の権威によって、真相がわかる。脳に出来た特殊な腫瘍のせいで、知覚が刺激を受け、異常に発達したのだ。政府はこの腫瘍の作用を解明するため、ジョージを生きたまま生体解剖しようとするが、彼は病院を逃げ出し、好きだった未亡人の元へ逃れて、そこで死ぬ。
 はたしてこんな病気があるのだろうか。いずれにせよ、宇宙人の仕業にするよりはずっとましだ。頭のよくなる薬があったとして、それで賢くなることが、果たして幸せなのか。人は年齢とともに知能が衰える。私はこのところ、だんだんと記憶力が薄れて、有名な映画スターの名前がパッと出てこない。賢くはならなくとも、せめて現状はなんとか維持したいものである。

フェノミナン/Phenomenon
1996 アメリカ/公開1997
監督:ジョン・タートルトープ
出演:ジョン・トラボルタ、キーラ・セジウィック、フォレスト・ウィテカー、ロバート・デュバル、ジェフリー・デマン

←飯島一次の『映画に溺れて』へもどる