第625回 シーズ・ソー・ラヴリー
平成十年九月(1998)ccc
飯田橋 ギンレイホール
ジョン・カサヴェテスの生前の脚本を息子のニック・カサヴェテスが監督し、ショーン・ペンとロビン・ライトが自堕落な夫婦役で共演し、俳優としての底力を見せた。
エディは定職もなく、常に酔っ払い、金がなくなると他人にたかる生活。妻のモーリーンは厚化粧で、けばけばした服を着て、安アパートでごろごろしている。どうしようもないカップル。モーリーンが妊娠したことをエディに告げると、彼はぷいと家を出て、外で飲んだくれ、何日も帰ってこない。モーリーンは同じアパートに住む男に誘われ、へらへらと部屋について行き、酒を飲んで殴られ、強姦される。エディはこれを知り、荒れ狂って銃を持ち出し、家を飛び出すが、相手の男に出会えず、酒場で泥酔し、人を撃つ。そして刑務所ではなく、精神病院に収容され、十年の時が流れる。
場面が変わって、郊外の瀟洒な住宅地。ある家庭の朝の風景。小奇麗な一軒家。夫は真面目なビジネスマン。子供が三人。妻が台所で食器を洗っている。ごく普通の主婦。化粧気なし。これがなんと、モーリーンなのだ。彼女は以前の生活を改め、再婚していた。
この日、昔の夫エディが精神病院から退院してくる。長女はエディの子だが、今の夫ジョーイは優しく、三人の子を分け隔てなく可愛がっている。短気で粗暴なエディがこの現実を知ったら、なにをするかわからない。モーリーンの過去を理解しているジョーイは妻を守ろうとする。そこにエディがやってくる。ジョーイは必死で立ちふさがるが、驚いたことに、モーリーンは平凡な幸福も子供たちも捨てて、昔の夫エディと共にあっさりと去ってしまう。彼女にとってはエディこそが本当の夫であり、心から愛しているのは彼だけなのだ。今の日常はかりそめの一時しのぎ、愛を貫くには不要である。
安定した生活よりも子供よりも前の夫だけが大切とは、やりきれない事実だが、今の夫は諦めるしかない。結局のところ、真実の愛には妥協も打算も世間体もない。相当に理不尽な結末で、ジョン・トラボルタ演じるジョーイがはかなく哀れだった。が、不思議と後味は悪くない。これもまた人生なのだろう。
シーズ・ソー・ラヴリー/She’s So Lovely
1997 アメリカ/公開1998
監督:ニック・カサヴェテス
出演:ショーン・ペン、ロビン・ライト・ペン、ジョン・トラボルタ、ハリー・ディーン・スタントン、ジーナ・ローランズ、ジェームズ・ガンドルフィーニ