シネコラム

第562回 秋日和

飯島一次の『映画に溺れて』

第562回 秋日和

平成元年五月(1989)
下高井戸 下高井戸シネマ

 

 小津安二郎監督の『秋日和』は『晩春』の焼き直しだが、私はこちらのほうが好きである。もちろん、『晩春』も決して悪くはない。親子の関係から言うと、『晩春』の笠智衆原節子のほうが情愛があり、ことに、婚期を過ぎた娘と二人暮らしの父というのが、リアリティをもたせて無理がなく、笠智衆演じる父親が結婚しない娘を心配するあまり、自分が再婚するという嘘をつくあたりが泣かせる。笠智衆原節子の親子が関西へ旅行するシチュエーションはそのまま『男はつらいよ』の笠智衆光本幸子に引用されていたように思う。
 私が『秋日和』を好きなのは、ここに登場する『彼岸花』のトリオ、佐分利信中村伸郎、北竜二の絶妙な組合せが好きなのだ。小津作品には同じ固有名詞がよく使われるが、間宮、田口、平山の三人は、『秋日和』では、佐分利の間宮が会社重役、中村の田口も会社の管理職、北の平山が大学教授となっている。
 彼らは学生時代からの友人で、初老となった今でも、会うと、学生のように、軽口を叩きあう。それがトリオ漫才のごとく面白いのである。
 この三人に原節子司葉子の親子が絡み、さらに司葉子の同僚、岡田茉莉子が絡むのだが、三人組と岡田茉莉子のユーモラスなやりとりには、和やかな笑いが溢れている。娘を結婚させるために再婚すると思わせる中年の母親、原節子もまだまだ美しい。
『晩春』や『東京物語』の頃は、世の中全体が生活に追われていたので、映画の中にもその影響が多少感じられるが、『彼岸花』や『秋日和』『秋刀魚の味』となると、まったく生活感がない。そこが実にいいのである。
 結婚適齢期の娘を持った親の心理と、それを取り巻く人々を描いただけのワンパターンな設定で、ここまで観客を引きつけるというのは、実にすばらしい。

 

秋日和
1960
監督:小津安二郎
出演:原節子司葉子佐分利信岡田茉莉子中村伸郎、北竜二、佐田啓二沢村貞子桑野みゆき、島津雅彦、三宅邦子、田代百合子、設楽幸嗣、三上真一郎笠智衆渡辺文雄千之赫子桜むつ子、十朱久雄、南美江、須賀不二男、高橋とよ、岩下志麻

←飯島一次の『映画に溺れて』へもどる

 

PHP Code Snippets Powered By : XYZScripts.com