シネコラム

第561回 お嬢さん乾杯!

飯島一次の『映画に溺れて』

第561回 お嬢さん乾杯!

平成元年五月(1989)
銀座 並木座

 木下恵介監督といえば、『二十四の瞳』や『野菊の如き君なりき』や『喜びも悲しみも幾歳月』などの悲劇や社会派作品が有名で、観客を泣かせるイメージが強い。私は木下監督の可哀そうな映画は何本も観ているが、どれも好みではないのだ。
 私が好きな木下作品は『お嬢さん乾杯!』や『破れ太鼓』や『カルメン故郷に帰る』や『春の夢』などのユーモア溢れる温かい喜劇である。『春の夢』はおそらく同じ松竹の山田洋次監督『男はつらいよ寅次郎春の夢』のタイトルに使われたのだろう。内容は違うが。
 木下コメディで私が特に大好きなのが、終戦後間もない時期に作られた『お嬢さん乾杯!』で当時の風潮を表した人情喜劇である。
 太宰治の『斜陽』が発表されたのが一九四七年、これがベストセラーとなり、戦後に没落する華族階級が斜陽族と呼ばれるようになる。『お嬢さん乾杯!』はその頃、一九四九年の公開となる。
 自動車修理工場を作って羽振りのいい独身の圭三に縁談が持ち上がる。その相手というのが元華族の令嬢、池田泰子。池田家というと、大名家の末裔であろうか。偉そうな華族のお嬢様が相手だなんて気が乗らない圭三だが、いざ見合いしてみると、泰子のやさしさにほだされ、上品な美しさに一目ぼれしてしまう。
 池田家では圭三との結婚を受け入れるが、訪れてみると、家具が壊れていたり、家のあちこちに綻びがあったり、思った以上に苦しい生活ぶりである。池田家には実は問題があった。泰子の父親が戦後の詐欺事件に巻き込まれ、刑務所に入っている。しかも池田家の土地や屋敷が借金の抵当になっていて、間もなく支払い期限であるという。
 つまり羽振りのいい自動車業者と娘を結婚させたがっているのは、斜陽族の魂胆に違いない。そう思ってがっかりした圭三は泰子の元を去り、これを泰子が追うのだ。
 戦後たくましく生きる圭三が佐野周二、元華族の泰子が原節子。輝くばかりに美しい。これはふたりのラブコメディであり、灰田勝彦の主題歌もヒットした。

 

お嬢さん乾杯!
1949
監督:木下恵介
出演:佐野周二原節子佐田啓二、坂本武、村瀬幸子、永田靖、東山千栄子、森川まさみ、青山杉作

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