映画批評

第548回 十二人の怒れる男

飯島一次の『映画に溺れて』

第548回 十二人の怒れる男

平成八年九月(1996)
有楽町 シネラセット

十二人の怒れる男』は最初、レジナルド・ローズの脚本によるTVドラマとして一九五〇年代半ばにアメリカで放送された。
 それが話題作となり、シドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演で映画化される。
 私がこの映画を観たのは最初の封切りから三十七年後、有楽町の駅前にあったシネラセットである。レジナルド・ローズの脚本は劇書房から額田やえ子の翻訳で出ていたので、映画より先に読んではいた。
 十二人の陪審員を演じる俳優たちが、どのひとりを取っても見せてくれる。個性というのは決してあざとく派手なスタンドプレーではなく、地道な計算によるものだとわかる。これだけ地味な人たちを集めて、飽きさせないのだからすごい。
 不良少年による父親殺しの裁判。証人もいて、状況証拠もそろっている。少年は犯行時間には映画館にいたと言うが、立証できない。
 少年は否認し続け、情状酌量の余地はなく、有罪になれば死刑は確実である。
 そこで十二人の陪審員による審議だが、誰が見ても有罪だと思われるので、挙手の投票で決めることになる。みんなが有罪に手を揚げるが、ひとりヘンリー・フォンダが無罪に投票。全員一致でなければ評決はできない。たぶん有罪かも知れないが、確信の持てない部分があり、人の命を五分で決めずに、もっと話し合いたいとフォンダは主張する。で、結局、最後には全員一致で無罪となるのだが、この暑苦しい密室で行われる話し合いの面白いこと。十二人の人物を巧みに描き分けた作者の功績は大きい。
 日本でも舞台劇として上演されて、その後、筒井康隆の『十二人の浮かれる男』や三谷幸喜の『12人の優しい日本人』などの作品も生まれた。

 

十二人の怒れる男/12 Angry Men
1957 アメリカ/公開1959
監督:シドニー・ルメット
出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、エド・ベグリー、E・G・マーシャル、ジャック・ウォーデンマーティン・バルサム、ジョン・フィードラー、ジャック・クラッグマン、エドワード・ビンズ、ジョセフ・スウィニー、ジョージ・ヴォスコヴェク、ロバート・ウェバー

 

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