シネコラム

第469回 ベル・エポックでもう一度

第469回 ベル・エポックでもう一度

令和三年十二月(2021)
飯田橋 ギンレイホール

 

 タイムトラベルサービス。客が好きな時代を選んで時間旅行。ただし、SFではなく、タイムマシンも仮想現実も出てこない。撮影所のセットと衣装や小道具を使い、無名俳優がいろんな時代の人物に扮して客の相手をする新手のビジネスである。
 マリー・アントワネットになってロココ朝のヴェルサイユ宮殿で貴族たちと食事をしたり、一九二〇年代のパリでヘミングウェイと文学論を語りあったり、時代も人物もお望み次第。もちろん、莫大な費用がかかるため、顧客は金持ちに限られる。
 かつて著名なイラストレーターとして活躍したヴィクトル、今は初老となり仕事もない。精神分析医をしている妻マリアンヌはいつまでも若々しく、ばりばりと仕事をこなし、夫を養い、夫の友人と浮気している。夫婦仲は完全に冷め切っており、妻と口喧嘩したヴィクトルは家を追い出され、アニメーション会社を経営している息子からたまたまプレゼントされた招待状でタイムトラベルサービスに赴く。
 受付でヴィクトルが即座に選んだ時代と場所は一九七四年五月、初めてマリアンヌと出会ったリヨンのカフェ、ベル・エポック。なりたい人物は当時の自分自身。出会いの場面が綿密に再現される。そこはまさに一九七〇年代。若き日のマリアンヌを演じる女優のマルゴは気まぐれで、なかなか台本通りには進まないが、ヴィクトルは彼女に惹かれていく。
 招待状の有効期限は一日のみ。そこで、彼はこの時代に滞在するため、息子の企画するアニメーションの仕事を引き受けて前借りし、別荘さえ売りに出す。なにしろ、タイムトラベルの一日の代金は二万ユーロなのだ。
 ところが、マルゴが途中で役を降りてしまい、別の女優がマリアンヌ役を。不満だらけのヴィクトルはマルゴの家を聞き出して押し掛けるのだが。
 一九七四年五月のカフェ、再びテーブルで待つヴィクトルの前に最後に現れたのは。
 ヴィクトルのダニエル・オートゥイユ、妻のファニー・アルダン。どちらも大好きだが、七十過ぎのアルダンの昔と変わらぬ美しさには目を瞠る。

 

ベル・エポックでもう一度/La Belle Epoque
2019 フランス・ベルギー/公開2021
監督:ニコラ・ブドス
出演:ダニエル・オートゥイユギョーム・カネ、ドリア・ティリエ、ファニー・アルダン、ピエール・アルディティ、ドゥニ・ポダリデス、ミヒャエル・コーエン