第460回 空白
令和三年九月(2021)
飯田橋 角川試写室
個性派の脇役として活躍する古田新太の主演作。劇映画なのに、最初の船で漁をするシーンから、まるでドキュメンタリーフィルムを観るようなリアルさ。
海に近い地方の町で漁師を営む添田は気が荒く、常に不機嫌で周囲に怒りをぶつけている。妻とは離婚し、中学生の娘と二人暮らし。娘の花音は父の前では萎縮してまともに口も利けない。その延長かどうか、学校では友達もなく、まったく目立たない存在である。
ある日、花音が町の個人経営のスーパーマーケットで化粧品を万引きする。気づいた店長の青柳が手をつかんで事務所に連れて行こうとすると、花音は逃げる。青柳が追いかける。追われて道路に飛び出した花音が自動車事故で。
ただでさえ怒りっぽい添田の怒りが娘の死によって爆発し、剥き出しの憤怒を周囲にぶちまける。
娘は万引きなんかしていない。おまえが事務所に連れ込んでいたずらしようとしたんだろう。そう言って店長の青柳を責める。
ショッキングな事故に飛びつき押し寄せるマスコミにも罵詈雑言を浴びせる。
中学校に乗り込み、娘がいじめにあってたんじゃないか。万引きしたとすれば、そそのかしたやつがいるはずだから調査しろ。校長や担任教師を脅す。
そんな添田を唯一慕って漁師の見習いをしている若者を罵りクビにする。
事故の原因となった車を運転していた若い女性が母親を伴って謝りに来ても無視する。
興味本位に煽り立てるマスコミ。歪んだ正義感でスーパーを非難する無責任な人々。どこまでいっても怒りの鎮まらない添田は青柳につきまとう。青柳も救いがないほど追い詰められる。
青柳の松坂桃李、添田の元妻の田畑智子、スーパー店員の寺島しのぶなど芸達者ぞろいだが、なんといっても古田新太の迫力。演技を越えて本気で怒っているごとき強烈さである。
まさにドキュメンタリーを思わせる手法、奥崎謙三を描いた『ゆきゆきて神軍』の過激さをふと連想してしまった。
空白
2021
監督:吉田恵輔
出演:古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ