リレーエッセイ

リレーエッセイ第14回 山上安見子

春霞はたなびけども/山上 安見子

 

 大学は春休みに入った。山々には春霞たなびき、鴨川沿いの柳や桜の芽は膨らんでいく。  でも、私はため息をついてばかり。なんと大変な一年だったことか。ずっとPC画面とにらめっこ。電子辞書は手放せない。なんでこんなことやってるんだろう。私は昨年の今頃の出来事を思い出していた。

 足かけ七年、介護をしてきた母が、二月末に亡くなった。身内で葬式をすませ、自宅でもの思いにふけっていた。  病院に行かなくっちゃ。洗濯物を持って。母の好きなコーヒーとおやつを差し入れに。そこでふと気がつく。そうか、もう母は病院にはいないんだ。さくさくと寂しさが湧く。  郵便物に目がいく。あ、大学科目履修生の受験票。そういえばほんの好奇心で願書を送っていたんだった。受験日は三日後。  カミュの「異邦人」。母を亡くしたばかりのムルソーは、ガールフレンドと海水浴に行き、陪審員から非難を浴びたけれど、こんな場合、受験てどうなんだろう。不謹慎だろうか。しかも、コロナの流行が始まったばかり。  しばらく自分の心を探る。どうする?どうしたい?うーん。勉強してないし、コロナも流行っているし。やめておこうか。  でも、むくむくと湧いてくる思いがあった。気分転換に行ってみよう。落ちたっていいや。  きっと母も許してくれる。  ガラ空きの新幹線で京都駅へ。間引き運転なのかバスがこない。間に合わない。でも道は空いていて、余裕を残して到着できた。  次は構内で迷う。受験場の棟がわからない。半泣きで通りすがりの紳士に尋ねると、気の毒にという顔で教えてくださった。どこか亡き父に似ていたかも。  受験場に着く。なんと私の受験学科だけ場所を変更したと。もう何も考えられない。エレベーターに飛び乗って八階へ。なんとか開始時間前に滑り込んだ。  仏文和訳の問題は、ミュシャの「二つの愛」読んだばかりの小説だった。むふふ。ラッキー。神様、仏様ありがとう。  というわけで、私は京都にある大学の、仏文学専修の教室の隅っこに座ることに。  ところが授業はコロナのせいで、ひと月遅れの開始。対面からオンラインに変更。履修手続きの後は、ほとんどキャンパスに行くこともない。ついているのかいないのか。  でも、本音を言うとありがたい。だって受験勉強の勝者たちに囲まれて、教室に座るのはどんなに居心地悪かったことか。

 そうして一年すぎた。緊急事態宣言はひとまず解除。来年度からは、オンラインも残しての対面授業が始まるらしい。  若い学生さんたちは、嬉しいだろうけれど、わたしの心は決まらない。オンラインにすべきか、対面にするか。あとひと月は、迷うだろう。

 

 

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山上 安見子(やまうえ やすみこ) 日本文藝家協会会員 広島出身 京都在住 著書に「赫い月」「ベル・オンム」 「茶々と利休」(予定) 大学では「失われた時を求めて」を中心に受講 来年度は「古代ギリシャ文学」受講予定 ラテン語を習ってみたい

 

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