第357回 ひとひらの雪
昔、阿佐ヶ谷に住んでいたとき、隣町の荻窪にあった映画館、荻窪劇場で『ひとひらの雪』と『化身』の二本立が上映されていて、歩いて行ったことを思い出した。かつては歩いて行ける場所に映画館があったのだ。普通の町の普通の駅前に。そういえば、練馬の桜台に住んでいたときは、江古田文化に歩いて行ったものだ。昔の話。
『ひとひらの雪』はとても強く印象に残っている。その内容のエロチックさに。どきどきするような官能美だった。
著名な中年の建築家が津川雅彦。
彼がかつて短大の講師だった頃に関係した教え子が、今は画廊のオーナーの後妻になっていて、これが秋吉久美子。
偶然に再会したふたりが浮気を重ねるという話。
津川雅彦のねちねちとした中年のいやらしさ。
秋吉演じる三十前後の人妻が欲望と恥じらいに身をよじる仕草が色っぽくて。
大胆な濡れ場もたくさんあり、これがもう、大変にエロチック。
さすがだなあと思ったのは、これだけ官能的に濡れ場を描いて、下品ではないのだ。津川、秋吉、そして根岸監督の品のよさだろうか。
そして、最後に中年男は、妻から離婚され、若い恋人にも捨てられ、人妻からも拒絶され、ひとり炬燵に入って、窓の外の雪を眺めている。
池田満寿夫が主人公の友人役で出てきて、建築事務所の部下が岸部一徳、まだまだ若かった。津川の妻が木内みどり、そして秋吉の夫の画廊のオーナーが、なんと池部良。
その後、銀座シネパトスで二十年ぶりにもう一度観た。最初に観たときは、ただただ興奮したのだが、二回目に見直してみて、映像の美しさ、大人の演技の渋さなど、文芸映画と呼ぶにふさわしい作品であると実感した。