第316回 デカメロン
昭和四十七年五月(1972)
大阪 千日前 東宝敷島
私が初めて観たピエル・パオロ・パゾリーニ監督の作品は『デカメロン』だった。ボッカチオ原作のセックスコメディである。
まだ十代の私はパゾリーニの作品が気に入って、その後、『カンタベリー物語』『アポロンの地獄』『王女メディア』『テオレマ』『豚小屋』『アラビアンナイト』などを観たが、最初に観たのが『テオレマ』や『豚小屋』だったら、この監督にはまったく興味が持てなかったかもしれない。遺作の『ソドムの市』も全然好きになれなかった。
最初に出会ったのが『デカメロン』でほんとによかった。百話ある原作のうちの八話を映画化し、そこに十四世紀当時の画家ジョットーが登場するが、これを演じているのがパゾリーニ本人なのだ。
どの話もセックスにまつわるもので、たとえば、尼僧院の風紀の乱れを耳にした若者が、聾唖者をよそおって下男として住み込む。すると尼さんたち、夜毎にこの男のところへ忍んでいく。聾唖者なら秘密が外に漏れないということで。ところが、あまりに尼さんたちの攻撃が激しすぎるので、最初は喜んでいた男もとうとう「もうやめてくれ」と声を出す。と尼さん、奇跡が起きて聾唖者がしゃべれるようになったと叫び、この若者を聖者にしてしまう。
たとえば、ある極悪非道の無法者、旅先で病気になって死期を悟る。さんざん悪の限りをつくした男の懺悔を聞くために病床に神父が呼ばれる。このやくざは自分がどんなに誠実で質素で善良で潔癖あったかという嘘を並べる。神父は感動して、この無法者が死ぬと聖者にしてしまう。
たとえば、旅の神父がある農家に泊めてもらい、農夫に自分は女をロバに変身させる秘術を知っていると嘘をいい、まんまと農夫の妻を犯してしまう。
十四世紀に教会の腐敗と堕落を面白おかしく艶笑譚に仕上げたボッカチオの手腕。それを二十世紀に映像化したパゾリーニ。どちらも大いに通じるところがある。
デカメロン/Il Decamerone
1971 イタリア/公開1972
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:ニネット・ダボリ、アンジェラ・ルーチェ、フランコ・チッティ、エリザベッタ・ダボリ、ジャンニ・リッツォ、シルヴァーナ・マンガーノ